六十二、輓獣
「強そうな獣を連れて参れ」
妖精の大森林随一の建築技術を持つと言われる一ツ目鬼族の長ギュスターブを主導にして、カナタの屋敷造りが開始される中、カグラが突然そんな事を言った。
「獣?何でだよ。
俺は屋敷の建築現場見学で忙しいんだ」
「勿論、輓獣として使うためじゃ。
今この地で獣車を引く輓獣は大層貴重なもの。
物資の運搬には欠かせんからのう。
じゃから、自分達の獣車を引く輓獣くらいは自分達で確保して来い」
そんなもっともな意見を受けたカナタ達は現在、ミアとニケを引き連れ、森の中に居た。
レオとネオはアトランティスに関する任務に追われているらしく、話を聞いてすっかり行く気になってしまったミアの護衛を、その場に居たニケが単独で引き受けることになったようである。
グラン達の実力を認めているゼノスの許可が出ていることもあり、ミアは久しぶりの休暇を楽しむように二本の白い尾をウネウネとさせている。
「こうして外でミア達と会うのはアレ以来だな。
にしても、何で迷宮の中じゃないんだ?死の穴なら強い魔獣くらい幾らでも見つかりそうなもんだが」
「確かに強いだけの魔物を探すなら死の穴へ潜るのが手っ取り早いですが、輓獣や騎獣に求められる要素は、知能、力、速さ、持久力、性格など多岐に渡るです。
妖精の大森林にはそうした条件を満たす魔獣が多く見られ、何より広大で歴史も古く、様々な妖精族によって護られて来たお陰で周辺諸国からの干渉にも晒されていないです。
輓獣探しにこれ以上適した場所はそうそう無いと、ニケは自負するのです!」
「おお、なんかそう聞くと凄いレアモンスターがゲット出来そうな気がして来たぜ!
で、魔獣は何体くらい捕まえりゃいいんだ?」
「ニケ達が乗る獣車は大型なので普通の馬であれば最低でも五、六頭は必要なのですが、優秀とされている輓獣であれば一体でも十分なのです。
更に、別行動や長距離移動になることを考え、二体確保しておければ完璧なのです!」
「よし、二体だな。
優秀とされてる輓獣って言や、確か地竜や狼馬とかだったよな?」
「ノンノンノン、なのです!
それは商人達が一般向けに販売してる輓獣のことなのです。
地竜や狼馬は確かに高価な輓獣ですけど、妖精の大森林にはもっと強い魔獣が沢山いるのです!」
「強い魔獣!?本当かよ!?」
強い魔獣と聞いて嬉しそうに声を上げるのはグラン。
声こそ出さないが、アステリオスとミアも同様の反応を見せていた。
「こら、お前ら!
輓獣にするんだから酷い怪我とかさせんなよ?
というか確かにグランが倒した飛竜も居るような森だし強い魔獣は居るんだろが、もしかしてあんなのに獣車を引かせる気か?
仮に飛竜を繋いだ獣車があったとしても、俺は怖すぎて乗る気になれないんだが」
「輓獣にも向き不向きがあるのです。
飛竜は長い時間をかければ騎獣としてなら使えるかもですけど、輓獣は多分無理なのです」
「カナタ、なら俺は飛竜を騎獣ってのにするぞ!獣車よりもその方が楽しそうだし、この際全員の騎獣を見つけようぜ!」
「ダメに決まってんだろ。
七体の騎獣なんか養う余裕、ウチには有りません!
と言うか雨が降った時とか困るし、獣車の方がゆっくり休めそうだし、大所帯だと街に入るのも大変そうだし、色々不便過ぎる。
たまたま見つけて、偶然にも懐かれたりすりゃ話は別だが、そうでもなきゃ取り敢えず今回は輓獣の捕獲が第一優先な。
それでーーー、どんな魔獣なら輓獣として使えるんだ?」
「見つけることは不可能に近いですが、妖精の大森林に生息する魔獣では、一角馬や|一角狼、通称“鬼狼”とも呼ばれる古狼の一種、それに竜の血を引く狼、竜狼などが輓獣に出来る最上級の魔獣とされてるです!」
「・・・・・一角狼?確かどっかで聞いたような」
カナタは頭の中に山積した瓦礫を押し退けるようにして記憶の一欠片を思い出す。
それは、死の穴の中でロキと戦うグランの姿だった。
「グラン、まさかお前の一角狼の血ってこの森で手に入れたのか?」
「ん?ああ、そうだぞ!
滅茶苦茶強かったから血を吸うのにも苦労したんだ」
「・・・血を吸ったのはいいとして、その後は?
まさか、殺したのか?」
「んー、・・・・・・・食った」
「食ったってお前な・・・、まあけど、別にそいつ一匹だけって訳じゃーーー」
「カナタさん。
ーーー鬼狼は広い縄張りを持つです。
つまり、この辺りに別の個体はもう生息していない筈なのです」
「・・・・・・何やってんだ、よぉおおおおおおおお!!!」
**********
「終わった事だ。鬼狼は諦めるとして、ユニコーンや竜狼はどんな場所に住んでんだ?」
「竜狼は王都跡の背後に聳えるアトス山の中腹、竜の墓と呼ばれる場所に群れで生息してるです。
ユニコーンは決まった住処を作らず、妖精の大森林全域を個体で移動しつつ暮らしていて、見つけるのは難しいのです。
澄んだ水の近くにはユニコーンが居る、という言い伝えもあるにはあるですが・・・」
「竜の墓ってネーミングがヤバそうだが、居所が分かってんならそのリベリオンってのを捕まえに行くのが手っ取り早いか・・・」
「竜の墓はダメなのです。
今から行くには遠過ぎるのと、行くならそれなりの準備が必要なのです。
竜狼は諦めて、ユニコーンに期待しつつ別の魔獣を探すべきなのです。
もし強い魔獣が見つからなくても、最悪ギリル鳥や針千牛を沢山捕まえれば輓獣としても非常食としても使えるのです」
「ギリル鳥って輓獣にもなんのかよ・・・なんかそれはヤダな。
殺されかけたし、食料にしか見えねぇし。
因みに、綺麗な水場に心当たりは?」
「ギリル鳥は決して輓獣に適した魔獣ではないですが、ケンタウロス族の調教技術であればそれ位は容易なのです。
会談でも言ってたですが、ケンタウロス族は魔獣を飼い慣らす術を持ってるです。
水場なら、ここから半日ほど歩いた所に光の泉と呼ばれる、綺麗な泉があるです」
「その泉なら俺も知ってるぞ!
カナタを探してる時に見つけたからな」
「おっ、マジか!
そんじゃあさ、今から二手に分かれてその光の泉を目指しつつ、強そうな魔獣を探さねぇか?
陽が落ちる頃にその泉で合流って感じでさ」
「いい案なのです!確かグランは一度行った場所の方向が分かるのです!
カナタさんの言う通り、分かれて行動するほうがより多くの魔獣を見つけられるのです!」
「いい案だな」
「オレも賛成だ!」
「ミアもそれでいいか?」
「ん、いい」
「よし、じゃあどうやって分かれるか・・・、俺は当然ミアと一緒に行く。
久しぶりだしな!
そんで、ニケはミアを守る“三獣士”としての勤めがあるから必然的にこっち側になるだろ?」
「ですです!
なので、グランとアスティーは二人で行くです!」
「オレは何でも良いんだけどよ、お前らその泉に辿り着けんのか?」
グランにそう指摘されたカナタはミアとニケを見る。
ミアが泉の場所を知らないのは不思議ではない。
だがニケはどうだ?
何せ、初めてニケと会ったその時、彼女は生まれ育ったこの森で迷子になっていたのだ。
王都より歩いて数時間の場所で迷っていたニケが歩いて半日の泉に辿り着けるものなのか?
答えはーーーー、
「否だ。
二手に分かれる話は忘れて、皆んなで一緒に行こう」
こうして、カナタ達は光の泉を目指すこととなった。
*********
「はぁ、はぁ・・・・。
ち、ちょっと誰か交代してくれ!」
息を切らし叫ぶカナタ。
その手には、妖精ソフィーから与えられた決して折れぬ剣、カナタによって不折剣と命名されたそれが、竜をも捌くことの出来る包丁、“竜包丁”と名付けられた形態にて握られている。
カナタは今、竜包丁にて牙猿と呼ばれる凶暴な猿の群五体を斬り捨てた所であった。
この牙猿、実は素早い動きと見た目によらぬ力により、一体でもゴブリン五体を相手に完勝してしまうような危険な魔獣であり、冒険者で言うなれば、Cランク相当の使い手とほぼ互角と言える強さを持っている。
つまり、今この場に居るのがもしCランク冒険者四人のパーティーであった場合、全滅の危機に瀕していたであろう。
何故、戦い素人のカナタに五体もの牙猿を斬り捨てる事が出来たのか?
それは特級魔法“不落之果実”のある秘密に気が付いたからであった。
ある日のカナタは考えていたーーー。
(遺産を手に入れて以後、不落之果実は日に三度使えるようになった。
一度目は揺り返し無し、二度目は、能力発動後に俺自身が十秒間の停止する。
そして三度目は丸一日動けず、その間は記憶すら無い。
それはいい。
だが問題はこっちだ。
何故俺は今までこんな単純なことに気が付かなかった?
ーーー自分の意思で能力を発動出来るなら、解除することだって出来るだろう。
何故気が付かなかったんだ。
遺産で強化される以前は、単純に出来なかったのか?
それが出来るようになったからそのタイミングで悟ったのか?
今となっては確かめようが無い。
重要なのは、事実、途中で能力を解除することが出来るってことだ。
俺は今まで不落之果実を、十秒間、時を止められる力だと思っていた。
だがどうも本質は違う所にあって、正しくは“一度に連続して止められる時間が十秒まで”なんだ。
そして揺り返し無しで時間停止を使えるのは、一日に合計約二十秒未満。
つまり、十秒停止を二度行えば揺り返しにより十秒間動けなくなるし、二秒停止を十回やった場合も同じように動けなくなる。
そして三度目の十秒停止を行えば、丸一日記憶を失う訳だが・・・、これはこの能力において最も重要なポイントなんじゃないか?
俺の最大のネックは、自分よりも強い奴を倒せるのが日に三度までだったこと。
だが一秒停止を駆使すれば最大で三十回、敵を倒せることになる。
敵が一撃で致命傷を与えられる程度の大きさと防御力の低さを兼ね備える生物、という条件付きだが、名一杯近づき、一瞬時間を止めて攻撃を当てられれば俺の勝ちはほぼ確実だ。
これなら弱い相手にビクビクする必要も無く、グランやアスっちの背後に隠れる手間も省ける。
何より魔物に襲われる馬車を華麗に助けて、超絶美少女のお姫様とお近づきになるイベントが発生する可能性が生まれたわけだ。
フッハッハッハーーー!ここから始まるのだ!!!俺の異世界ハーレムが!!)
異世界ハーレムが始まるかどうかはさて置き、カナタは不落之果実の途中解除というシステムを思い付いたことにより、強さに於いてはカナタの上位者である牙猿を五体、単独で倒すことが出来るようになっていた。
「まだ弱えの十匹くらいしか戦ってねぇぞ!?
相変わらず体力ねぇなカナタは」
「う、うっせ!お前らと一緒にすんじゃねぇ。
それより早く変わってくれ!
次は誰が着るんだ!?」
そう言ってカナタが脱ぎ捨て、中空へ投げたのは白い服。
“魔物ホイホイ”と名付けられたその白い服は、チュリアンという強力な蜘蛛の魔獣の出す糸により作られた、カナタ特製の修行衣であった。
チュリアンの糸には魔物を引き寄せる強力な力が備わっており、そこに目を付けたカナタが食料調達の為に作り出したアイテムである。
今回、広大な妖精の大森林にて強い魔獣を探す上で、これ以上役に立つアイテムは他に無いだろうと、カナタが宝巾着から取り出し装着した結果、その効果は絶大。
カナタ達五名を目掛け、次から次へと魔物が襲いかかっていた。
「次は俺が行こう」
中空へ投げられた魔物ホイホイを手に取ったのはアステリオス。
カナタによりゴムの性質を持たされた魔物ホイホイを、パツパツのチビTのように着た筋骨隆々なアステリオスは、背中の大剣を抜いたーーー。




