五十八、バロン崩壊
「なんだこれ・・・・」
立ち上る硝煙、転がる死体。
そこに広がるのは、見たことのない場所だった。
森が、家が、魔物が燃え、灰燼と化している。
注意深く辺りを見回し道無き道を進む毎、バロンに聳える王城に近づけば近づく程に死体の数は増え山積になって行く。
死の穴下層レベルに匹敵するであろう魔物が、数千・・・いや、もしかすると数万。
真神教幹部である神徒が二人、大量の魔物と共にバロンを攻めた結果がこの惨状。
バロンを護るレオル王の強さがどれほどの物なのか、それを魔物の死体の数が物語っていた。
変わり果てたバロンを歩く面々には様々な思いが駆け巡るが、そんな中、皆が一様に抱く思いもあった。
ーーーどっちだ?
誰も口に出そうとはしないが、周囲の様子を見る限り戦いの勝敗は既に決しているだろう。
果たして勝ったのはレオル王率いるバロン軍か、それとも・・・。
大量に転がるのは魔物の死体。
だが、その中に妖精猫族の姿が見られないのもまた不思議な光景である。
これだけ周囲が燃え盛り破壊されているというのに、バロンの民の死体が一つ足りとも無いということがあるのだろうか?
死の穴の入り口に作られた駐屯所はもぬけの殻となり、ゼノスの姿も見えなかった。
恐らくバロンを救うため王都へ向かったのだろうし、カナタ達より先にバロンを目指したラミスも既に到着している筈だ。
六獣騎士の三強が揃っているとすれば、例え相手がロキのような危険人物だとしても、バロンを守り抜くことも出来るのではないか?
祈るように、そして敵の残党が潜んでいないか確かめるようにゆっくりとバロンを進む内、先頭を進んでいたレオが足を止めた。
「あれはーーー!!」
全員がその視線の先に目をやると、其処には血だらけで倒れる獣人風の男の姿があった。
小麦色の毛に雷のような黒い縞模様の入った逆立つ髪。
その屈強な男の右手には大剣が握られたままになっている。
「ゼノス様なのにゃ!!」
「嘘・・なのです!!」
レオ達は倒れるゼノスを見て表情を凍り付かせると、一斉に彼の元へ走った。
バロン王レオルを隣で支え続けた戦士の中の戦士がーーーー、レオ達が三人掛かりで挑もうと手も足も出なかったあのゼノスが、血塗れで倒れ動く様子を見せない。
その左腕は肩から先が無くなっており、今尚心臓の動きに合わせるように溢れる血だけが、ゼノスの生存を知らせる唯一の手掛かりだ。
「ゼノスさん!!」
「確りしろオッさん!!」
少し遅れてゼノスの元へ到着したカナタ達も又、信じ難い光景を前に声を上げゼノスの肩に手を当てて治療を開始するニケに目をやるが、ニケの残りのマナで傷を癒すのが到底不可能であろうことは一目瞭然。
カナタは宝巾着に入っている、依頼完遂のために残しておいた最後のマジックハニーを取り出すと、治療を続けるニケに飲ませた。
「これで足りるか分かんねぇが、今ゼノスさんを治せるのはニケしか居ねぇ。
俺達が先に帰ってるラミスさんを探してくるまで頑張っててくれ!」
フラフラの状態のニケが頷くのを確認したカナタがそう言って立ち上がった時だった。
瀕死の状態となっているゼノスが、何か声を発したのだ。
「ーーーーーない」
「ゼノス様!!」
「良かったのにゃ、意識が戻ったのにゃ!!
だけどもう喋っちゃダメなのにゃ!!」
だが、ゼノスはそんな忠告には耳を傾けず、必死に言葉を続けた。
「・・・良いから・・聞け・・・。
ラミスは・・・真神教・・・・、王は・・・・・・・・攫われ・・た」
「ラミス様が真神教?何を言って・・・」
「にゃ!?」
「そんな筈ないのです!さてはお前、またロキのクソ野郎なのです!!?
レオ達もカナタさんも騙されちゃダメなのです!」
自身を育ててくれた恩人を真神教呼ばわりされたニケは嫌悪感を露わにし、倒れたゼノスの治療を止めその場から飛び退く。
それを見ていたレオ達もラミスが真神教などという話を信じることなど到底出来ずにいたが、同時にゼノスの傷が偽物などでは無いことも理解していた。
「落ち着けニケ。ラミス様が神徒という話をそのまま鵜呑みにする気は無いが、ゼノス様が偽物でないことは一目瞭然だ。
まだ少しとは言えニケの治癒魔法で傷が塞がる以上、その傷は本物。
ニケも手を触れ治療しているのだから、ゼノス様のマナが偽物のそれでないことは理解しているだろう。
ゼノス様にも何か理由があるのだ。治療を続けてくれ」
「けどっ!・・・なのです」
「ニケ、俺からも頼む。きっと何か事情があるはずだ。
ラミスさんが居ない以上、ゼノスさんを治せるのは本当にニケしかいねぇ。
まずはゼノスさんを治して、それからゆっくり話を聞こう」
「・・・・・・分かったのです」
*********
ゼノスの傷が八割方塞がった頃、ニケのマナが尽きたことで治療は中断となった。
腕は失われ傷も完全には癒えぬままだが、命の危機を脱したゼノスは周囲で唯一残った焼け焦げた木を背凭れにして座ると目の前の泉を眺め、それがトトの経営する白猫亭の傍にあった泉だとカナタが気付いた頃、バロンに起きた出来事を語り始めていた。
カナタ以外の全員が極限まで疲れ果てている状態ではあるが、皆一様にゼノスの言葉に耳を傾け、真剣な面持ちで話を聞いている。
「じっ・・じゃあ・・・この魔物をレオル王が一人で・・・?」
「そうだ。レオル王は俺がフロウに攫われた後、数万の魔物達と、力を封じられた状態で何日も闘い続けていた」
「王の圧倒的な熱の力を封じる巨大な蛇と、全てを腐敗させる女・・・。
敵は事前に王の力を知っていたと言う事になる」
レオのラミスを疑うようなその言葉に、マナを使い果たしヘタリ込むニケは反論を思い留まると、歯を食いしばるようにゼノスの話を聞き続ける。
「その通りだ。
そして六日目、バロンに攻め入った魔物達の多くを王が葬り去った頃、巨大な蛇ーーヨルムンガンドが消えることになった」
「ヨルムンガンドが・・?
聞いた話を整理すると、レオル王の力は圧倒的な熱。
だがそのヨルムンガンドは近づく物全てを蒸発させるレオル王の力でも殺せねぇどころか、熱を吸収して巨大化しちまうんだろ?
そんでもってその正体はザルって奴の尻尾でしかねぇから、頭を斬り落とそうがヨルムンガンドが死ぬ事はねぇし、本体のザルは数万の魔物とヨルムンガンド、それに触れた物全てを腐敗させるっつぅ女に護られてて手出し出来ず、レオル王は六日間ぶっ通しで闘い続け流石に疲弊し切ってたはず・・・無理ゲー過ぎんだろ・・・。
どうやってレオル王はヨルムンガンドを殺したんだ?」
「アレを消したのはレオル王ではない。
王は魔物を殺しつつ、ヨルムンガンドの巨体から街を護るべく剣を振るい、バロンに攻め入る魔物の大半を死滅させたが、遂にその剣がザルに届くことは無かった。
あのまま続けていればザルを打ち取っていたかもしれんが・・・、何れにせよ神徒達の到着の方が早かっただろう」
「神徒達の到着・・・・。
じゃあヨルムンガンドは何で消えたんだよ?」
「消されたのだ。
突如としてバロンに訪れた“夜”によってな」
「ーーーー夜?
ヨルムンガンドは夜になると巨大化を保ってられなくなるのか?
だけど六日も戦ってたんならとっくにーーー」
「そういうことではない。
“夜”と言うのは、ある男の通称だ」
ゼノスがそう言うと、レオ達三人は驚いたように目を見開き声を上げた。
「ーーー夜」
「あの大罪人が現れたのかにゃ!?」
「だけどどうして夜がバロンに来るです?」
「それは分からん。
だが奴がヨルムンガンドを消し去ったのは事実だ。
レオル王はそれに乗じて、ザルを護る女を殺そうとーーーーー」
「ちょっと待て!勝手に進めんじゃねぇよ。
レオ達は知ってるみてぇだが、俺やミア、それに多分グランもアステリオスも何のことだか分かってねぇ。
その夜ってのは誰だ?」
「貴様ら、揃いも揃って夜の名を知らんとは一体いままで何処で何をーーー」
ゼノスがカナタ達の素性について疑問を抱いたその時、ゼノスの目は漸く捉えることとなった。
ミアの背後で畝る白い二本の尾を。
尾がある以上、人族ではない。
複数本の尾がある獣人族も存在するが、二本の尾というのはバロンに於いては妖精猫族のシンボルの一つとも言えるものであり、尚且つ少女には獣型の耳が見られない。
ゼノスの知識の中には、ミアの特徴に当てはまる存在は一つしかなかった。
二本の尾、白い毛、人型。
そして予言。
「まさか・・・・・聖獣様なのか・・・?」
ゼノスはミアに釘付けになった視線を、咄嗟にレオ達へ向けた。
「その通りでございます」
「間違いなく聖獣様なのにゃ!」
「名前はミア様なのです!ミア様はとっても強いのです!」
「ミア・・・・様・・・・・?」
*********
見慣れぬ少女が伝説の聖獣だと知り目を丸くするゼノスに、レオは大まかな事の成り行きを説明し、カナタはついでとばかりにアステリオスの紹介を済ませ、本題に戻ろうとする。
「そんで、その夜ってのは何者なんだ?
大罪人ってくれぇだし、夜なんて呼ばれてるし、危険人物には違いなさそうだが」
ゼノスは溜息を吐くとレオへ視線をやり、その意図を汲んだレオがカナタの質問に答え始めた。
「夜とは、嘗て七威天の一人にまで数えられた男の成れの果てで御座います。
“煌帝”と呼ばれた聖なる竜は昨今では大罪人として知られ、堕ちた天竜ーー、通称“夜“と、そう呼ばれおります」
カナタは又しても出た知らない言葉に、首を捻って問う。
「シチイテン?」
レオは、それを知らぬカナタに驚いた様子を一瞬見せたが、毎度の事だとばかりに言葉を飲み込み続ける。
「七威天とは世界各地に存在する様々な種族の内、天の称号を与えられた選ばれし七名のことで御座います。
天の称号を持つ者は聖なる力ーーー、つまり天の加護を受け、様々な種類の超絶的な力を持っているのが特徴で、何を隠そう初代聖獣バロン様も嘗ては七威天に数えられたお一人」
「へぇええ・・・何だかよく分からんがめっちゃすげぇ奴等なのは何となく分かった。
じゃあその夜って大罪人は、とんでもない危険人物ってことだな?
そんな奴がどうしてレオル王を助けに現れたんだ?」
「知らん。
だが夜は現れるなりヨルムンガンドを消し去り、レオル王はそれに乗じてザルを守る女を仕留めようと動いた。
だが・・・その時、全てを腐敗させる力を持つその女は突然その場に倒れ込み動かなくなったのだ」
「動かなく?
また夜が何かしたのか?」
カナタが的外れな推測をする中、グランが口を開く。
「ロキの奴だろ。
確かお気に入りの魔物がレオルって王様に殺されかけたから力を返してもらったとか言ってなかったか?」
「・・確かに言ってたな。
その後、ロキの様子が明らかに変わったんだ」
お気に入りの“魔物“というワードに少し引っかかるカナタだったが、獣人が存在する世界ならば女の見た目をした魔物も居るのだろうと一人納得し、話を進める。
「それで、それからどうなったんだ?」
「勿論、ヨルムンガンドとモウルが消えた瞬間、王はザルを殺そうと仕掛けた。
だが其処へ、俺を拘束したまま状況を見守っていたフロウが立ちはだかったのだ」
「魔王級神徒フロウ・・・。
フロウ程の男が、わざわざ助けに入るほどザルという男は重要人物なのでしょうか?
確かにヨルムンガンドの力は凄まじいですが、それも元はロキの持つ力のはず。
ならば、何故わざわざザルを助けに・・・」
レオがそう考察する中、ゼノスは明確な答えを示した。
「フロウはザルを助けたのでは無い」
「では何故・・・」
「言っただろう。
フロウが俺を攫ったのは、仲間が現れるのを待つ迄の時間を稼ぐ為だと。
奴等の目的はバロンというより、恐らくレオル王そのものだったのだ」
「だからゼノス様を攫って・・・。
そうすれば王を逃すことなく、仲間が現れる迄の間、体力を奪い続けることも出来る。
レオル王の性格までよく調べていなければ取れない行動だ。
ならば、フロウが現れたのは・・・」
「その通り。フロウが姿を見せたのは、待っていた仲間が到着したからだ」
「まさかそれが・・・?」
「ああ・・・・、ラミスだ」
ゼノスの口からハッキリと出された師匠の名に、ニケは瞳孔を開いて固まる。
「ですが、このバロン襲撃はかなり前から計画されていた筈。
もしラミス様が本当にバロンを裏切っていたのだとすれば、六獣騎士の力は遠に失われているのでは・・・」
「確かにお前の言う通りだレオ。
六獣騎士の力は最も相応しい者にしか宿らん。
であれば、ラミスにも相応の事情があるのかもしれん」
ゼノスが励すかのようにニケを見てそう言うと、ニケは何かを決意したように拳を握り締め頷いた。
「それで、そのフロウって奴が現れた後どうなったんだ?
夜って奴と戦ったのか?」
グランが空気を読まず話を進めると、ゼノスは思い出したように話を再開する。
「いや・・・、戦いは其処で終わったのだ。
死の穴下層より戻ったラミスは極度に消耗した様子の王の元へ歩み寄ると、治癒魔法をかけると見せかけて王の動きを止め、その足でフロウの元へ歩み寄った。
そしてほぼ同じくして、闇を纏った少年と赤髪の女が現れ、レオル王とラミスを連れて闇の中へと消えたのだ」
「ロキとエキドナって女か・・・。
ゼノスさんの口振りからするとフロウって奴はその場に残ったのか?」
「ああ、恐らく足止めの為だろう。
夜がラミス達を追おうとしていたからな。
フロウはラミス達が消えたのを確認すると俺を解放しその場を離れ、夜がそれを追ったことで戦いは終結。
俺は片腕を失った状態が続いたことで意識を失い、今に至るという訳だ」
ゼノスは悔やむように目を伏せた後、己の非力さを呪うように天を仰ぐ。
この場にいる誰よりも強いであろうゼノスがその様な姿を見せたことに全員が口を噤み、其々の中に様々な思いが駆け巡っていた。




