五十六、ヘルとヨルムンガンド
五十六、ヘルとヨルムンガンド
ザルとモウルを逃したレオルは次々と地中から飛び出すマグマの蛇を斬り落とし、その間に現れる魔物達を立ち所に消し去って行く。
だが近づくだけで魔物を消滅させることが可能だとは言え、その数が何十、何百と増えるに連れ、マナの消費量は当然多くなる。
レオルが剣を使ったものに戦い方を切り替え、「切りがない」そう口に出しかけた時、背後にゼノスが現れた。
「全く・・切りがないな」
「フッ、丁度そう思っていた所だ。
何か異変は?」
レオルとゼノスを以ってして、切りがないと言わせるほどの魔物の数。
強さはマチマチであるが、現在バロンを取り囲む魔物の数は総勢三万。
その内、ロキが操る魔物の数は凡そ五百程度に過ぎず、内二体がレオルの命にも届きうる力を持っている事を、この時の二人は知る由も無い。
「いや・・、余りにも無いのでな、お前に何か起こっておらぬか見に来た」
レオル王とゼノスは絶え間無く迫る魔物達を蹴散らしながら、本当に何も起こっていないかの如く会話を続ける。
「フッ、そうか。神徒が二人現れた所だ」
「何だと!?」
「だから神徒が二人ーーー」
「それは分かった!それで、どうなったんだ!?」
「奴等はクリスタルを狙っているらしい」
「クリスタルを・・・?
何故奴等がそれを知って・・・・、いや、それより、それからどうなった!?」
「飛び抜けた偵察能力や予知能力の類いで探し当てたか・・・バロンに内通者がいるか。
逃げられた以上、何も分からん。
追い掛けようにも、こうも邪魔が入ってはな」
「お前から逃げるとは、流石に神徒ともなれば簡単には仕留められそうもないか。
内通者・・・、クリスタルの存在を知るのは元を含めて六獣騎士のみ・・・。裏切るような者に六獣騎士の力は宿らんはずだが」
二人は、最近になり六獣騎士の力を失った者がいるという事実を胸に秘め口に出す事はしなかった。
「それで、どうする気だ?
このまま魔物を全滅させるまで続ける気か?」
「いや、我ら妖精獅子族はクリスタルを守る為に存在している。
これ以上、時間稼ぎに付き合って万が一にもアレを取られる訳にはいかん」
「ではどうするつもりだ?」
「ーーーこうも魔物に邪魔をされては奴等には追いつけん。
全てを一瞬で終わらせるぞ」
「お前ーーー、バロンを潰す気か!?」
「そうだ、民は既に避難させている。
悪いが、お前にも国の復興は手伝ってもらうぞゼノス」
ゼノスは何かを考えるようにレオルを見て黙り込むと、諦めたように溜息を吐く。
「フッ、では全力で逃げろ。
直ぐに始めるぞ」
「・・・・・・ちっ、しょうがない。
分かったよ、また後でな」
レオルはその場に留まって魔物を消し去りつつゼノスが去ったのを確認すると、地を蹴って飛び上がり、両手を天へ掲げる。
両手からは火球が浮かび上がって次第に大きくなり、その凄まじい熱波は突風となってバロンへ吹き荒れ、近づく魔物達を焼き焦がして行く。
それでも火球は止まる事なく巨大化を続け、遂には空に浮かぶ太陽の如き姿へと変貌を遂げた。
木々を焼き焦がし辺りを焦土へ変えるそれは、獅子の鬣のように揺らめく紅炎を纏いて、バロンへ落とされるーーーーー。
「天獅子」
天に浮かぶ炎の獅子は全てを焼き尽くす豪炎。
木々も建物も大地も、そしてバロンに迫る魔物や真神教も全てを一瞬で飲み込み消し去る、王の炎。
レオルは王としてバロンを守る為、初代聖獣バロンの力を模して作り上げた力で、敵と共に国を消し去るという選択をした。
だがーーーー。
「待ってたぜぇ」
姿を消していたザルが、地に堕ちようとする天獅子の前に現れたーーーー。
その姿を見て、レオルは己の過ちに気付き、胸を掻き立てられる。
猿のような見た目だったザルは、全身に炎を纏いーーー、いや、全身を炎に変え巨大化していたのだ。
その大きさは、竜となったエキドナの数倍はあろうかという巨大なもので、更にザルから伸びる尾は、先ほどレオルに襲い掛かったマグマのような大蛇の姿をしており、それを遥かに凌ぐ大きさとなっている。
ザルを遥かに超える長大なマグマの尾は天を見上げると、大きく口を開け、天獅子に食らいついたーーーー。
「ーーーーーまさか!!」
「さぁ・・・、極上の炎を喰らえぇ。“ヨルムンガンドォ”」
************
「なんだよ・・・・あれ」
「溶岩の蛇・・・?」
「星の血が・・蛇の姿で現れた・・・。
レオル王のお力か?」
天にも届こうかという極大の紅い蛇。
その姿は森の中に避難している者達にも見え、正体不明の力を前に不安の声が漏れていた。
叶う者など居るはずが無いと思わせるような圧倒的な存在感。
レオル王の力であれば、間違いなく敵を滅ぼすことが出来るだろう。
しかしもしアレが敵の力だとすると、バロンは・・・・。
避難して居る者は、静かに状況を見守るしか無い。
しかし、ゼノスだけは違った。
レオルの放った天獅子が炸裂することなく、代わりに現れた極大の蛇。
それを見た瞬間、レオルに危機が迫っていることを感じ取ったゼノスは、全速力でレオルの元へ走った。
*********
長さで言えば数キロメートルはあるだろう。
体の全てがマグマのように熱を放ち、それが通った場所は全てが押し潰され、黒く焦げて行く。
蛇の名はヨルムンガンド。
ロキの力によって炎魔猿のザルに移植された、炎を喰らい蛇の型を模して巨大化する、災害の名である。
「なんという事だ・・・・」
天を見上げるレオル。
全てを一瞬で消滅させる程の熱を操る、己の粋を集めて作り出した天獅子。
その全てのエネルギーを吸収したマグマの蛇が、バロンにて暴れ始めようとしているのだ。
こんな存在が暴れ始めればバロンは疎か、避難しているバロンの民まで周囲の森と共に焼き尽くされてしまうだろう。
「だぁから言ったろぉ?オリは殺せねぇってさぁ」
そして、確かにザルの力でレオルを殺すことも出来ない。
天獅子を発動し、その間近に居て無事なことから分かるように、レオルに熱を使った攻撃は通用しないからだ。
今すぐヨルムンガンドが暴れ始めようとも、レオルが死ぬ事はまずあり得ないだろう。
だが、事態が最悪であることに違いはない。
「さぁてさて・・・、それじゃ交渉と行こうかぁ、レオル様ぁ?」
「交渉・・・?何のことだ」
「無駄な会話は辞めようぜぇ?
要はーーー、ヨルムンガンドをバロンの外で暴れさせたくなけりゃあ、俺達をクリスタルの元へ案内しろ。ってなことさぁ」
「貴様ら、さっきから何の事を言っているのだ?
俺はそのような物、本当に知らん」
「嘘はいけねぇなぁ・・・」
次の瞬間、天に聳える巨蛇は街を潰し、森を焼き、魔物を巻き込んで広大なバロンへ倒れ込むようにして襲い掛かった。
「貴様・・・っ!」
ヨルムンガンドが起き上がると、その跡は黒く焦げ、紅い残火が至る所に燻っている。
それを見たレオルは腰から剣を抜き放ち、一瞬でザルの背後に現れた。
炎が駄目なら切れば良い。
先ほど地中より現れたマグマの大蛇をそれで仕留められたのだから、ヨルムンガンドもザルも同様に仕留められる筈。
しかし、レオルは闘気を纏わせた剣を振るう事なく、その場を飛び退いた。
「お前は・・・・」
ザルの背後に構えていたのは、銀髪の痩せこけた女、真神教神徒モウル。
モウルは先ほどまでとは違い、レオルを目の前にしても怯える事なく佇んでいる。
理由は分からないが、レオルは直感的にモウルへ攻撃することを躊躇った。
「ほぉう・・・、モウルに触らなくて正解だぜぇ王様よぉ。
言ったろぉ?オリら二人ならあんたを殺せるってさぁ」
「二人なら・・・、そういうことか」
バロンに巻き起こる風により舞い上がった枯れ木や落ち葉がモウルに触れた途端、それらは朽ち果てて行く。
「これがモウルの力、腐敗だよぉ。
物だろうが体だろうが、魂だろうがぁ・・・モウルに触れりゃあ、全てが腐敗するのさぁ」
レオルが触らずして敵を消滅させたのは、圧倒的な熱量にて敵を蒸発させたからに他ならない。
だがザルが居る以上、炎を使った攻撃は出来ず、モウルは相手に触れただけで勝敗に直結するような効果を及ぼす力を持っている。
先ほどまでレオルの存在に怯えていたのは、レオルが触れる事すらせず魔物を消し去ってしまったから。
例えモウルの持つ力が触っただけで敵を殺せるような力だったとしても、レオルに触れられなければなんの意味もないからだ。
だが何故、レオルが敵を消し去った力が炎の熱によるものだと二人が知っているのだろう?
先ほどまでとは明らかに違うモウルの様子から言って、レオルが触れもせずに敵を消し去った力が、炎によるものだと知っている事は間違いなさそうだ。
だとすればーーー、敵に情報を流している者が、ほぼ間違いなく存在する。
「お前達は一つ思い違いをしているようだ」
「思い違いぃ?オリらが何を勘違いしてるってんだぁ?」
「簡単なことだ。
お前達は、炎を封じた程度で俺に勝てるとでも思っているのか?」
炎が使えぬのなら、剣で戦うのみ。
事実として、ザルはレオルの速度に一切反応出来ておらず、モウルの存在がなければあのままレオルに斬られていただろう。
咄嗟の判断で引きはしたが、モウルとてレオルの速度について来ることは出来ない。
レオルは目標をザルに定め、踏み切った。
だがーーーーー、
「止まれ」
又しても、ザルとレオルの間に障害が現れる。
襟の大きなグレーのマントで口元を隠す、白髪頭の若い男。
スラリとしたその青年の佇む姿を見たレオルは、鬣を逆立ててその場を飛び退いたーーー。
「・・・・貴様・・・何者だ?」
「お初にお目にかかる、バロン王レオル。
俺は真神教神徒フロウだ。
それより・・・、お前等、何を先走っている?
ロキの操り人形如きがレオルに勝てる訳ないだろう」
「す・・・すまねぇ」
フロウと名乗った白髪頭の男を見るなりザル達は態度を変えて額に汗を浮かべ、レオルは聞き覚えのあるその名に反応を見せる。
「フロウ・・・、確か魔王級神徒の・・・。それにどういうことだ?其奴等は神徒ではないのか?」
「此奴等如きが神徒の訳ないだろう。
どうせロキに命じられたのだろうが、俺が来なければお前等、死んでたぞ?」
「め・・面目ねぇ」
「まぁいい。
レオルの力も見られたことだしな。
さて・・・・、それじゃあレオル王、俺と一緒に来て貰おうか」




