五十三、新たなる力
「やっぱ、これもう一本飲んどくか?」
「もう大丈夫なのです。マナは残ってるし、皆んなの治療も終えたのです」
ニケはブルーポーションで何とか動ける程度にまで回復した後、自らに治癒魔法をかけ、マジックハニーを摂取しつつ、最も重傷なアステリオスの治療を終えると、続けてレオとネオを続けて治療した。
「ならいいが・・・。
まぁこの場所じゃ折角戻った大地の化身も使えねぇみたいだし、ニケもまだ完璧に治ってねぇ。
ここでゆっくり休んでるほうがいいな」
魔法を無効化する障壁の張り巡らされている百六階層では、ニケの大地の化身で床を操ることは出来ない。
これはカナタの力であってもやはり同じようで、実際に試してみても床には変化が見られなかった。
「それにしても・・・、なんつぅ美少女なんだ」
カナタの目線の先には、軽装の戦闘衣を着た白い髪の少女の姿がある。
「聖獣様をいやらしい目で見ちゃダメなのです!聖獣様はバロンの宝なのです!」
この戦闘衣は、バロン王国にて代々受け継がれて来た、国宝級ーーーというよりまさに国宝の霊装であり、聖獣のみが身に付ける事を許された宝具である。
聖獣出現の予言を受けたレオ、ネオ、ニケがこの時の為に予め用意していた魔法陣を使用し、バロン王城の地下にある宝物殿より召喚した物だ。
動きを阻害せぬように無駄を省いた造りの霊装は、レオタードのような衣装にワンピースのような形の薄い布を合わせた物で、前面は短く、背面はやや長く燕尾のように設計され、白地に金と赤を品良く配ったデザインが動きやすさと品性を両立させている。
脚にも同様の色調で造られた、靴と一体になった膝上まである布が履かされており、腕には籠手、首には防御を目的としているであろう幅の広い首輪、額にはティアラのような形の鉢金がされており、そのどれもが重くなり過ぎぬよう、そして品性を失わぬよう配慮されているようだ。
「それにしても金の掛かってそうな装備だなぁ」
「当然なのです!霊装カフヴァールは初代聖獣、バロン様の為に造られた由緒ある宝具なのです。
聖獣様のマナに反応して姿を変える霊装なので、聖獣様の戦い方や状況によって形が変わるなのです!」
「そんでこいつの場合は、身軽さを活かして戦う感じになってる訳か。
便利な防具だな。
ところでさ、此奴が聖獣なのは確定なのか?尻尾が二本あるのは妖精猫族の特徴って聞いたけど、此奴はどう見ても人間か獣人って感じの見た目だし、種族もイマイチよく分からん」
「間違いなくこの方は聖獣様なのです!
カフヴァールが体の形に反応してるですし、人型の妖精猫族は聖獣様の証なのです!
尻尾も二本あるですし、獣人と違って獣型の耳が無いのも特徴なのです」
「ケモミミが・・・ない?ケモミミが・・・・ないだと?」
「ですです!」
「・・・ま、まぁ、今はいいか。耳はなくても尻尾はある。二本もな。
ちょっと幼くも見えはするが、超絶美少女であることに変わりはないし、元々、雷牙猫とかって魔獣だったなら歳は明らかに上だろう。
何の問題も無い。
それどころか寧ろ、よろしくお願いします。
ーーーそんで?六獣騎士が黒猫じゃねぇように、聖獣ってのは人の形をした妖精猫族なんだな?
なら絶対にこいつが聖獣じゃねえか!」
「だから今そう言ったです。
カナタさん、さっきから何言ってるです?」
目の前の少女が聖獣と確定したところで、ケモミミへの夢を一旦忘れて戦況を確かめるカナタ。
現在、ニケに治療を受けたアステリオス、レオ、ネオがエキドナと戦い、グランがロキを一人で相手にしている。
アステリオス達はロキに能力を封じられぬよう力を温存して戦っていることや、傷が完全には癒えていないこともあり、エキドナに大きなダメージを与えられず戦いは長期化していた。
一方、グランとロキの戦いは現在、熾烈を極めている。
何故か、部分竜化を使って戦うグランの力をロキが封じれずにいるのだ。
「能力施錠!!ーーーっどうなってるんだ」
もう何度目になるだろうか、部分竜化を使って迫るグランの力を封じられず、回避を選択せざるを得ないロキ。
何度も同じことを繰り返す内、ロキはあることに気がついていた。
「何故さっきから吸血鬼の力を使わない?
そんな攻撃じゃ、いつ迄経っても僕には勝てないよ」
グランが力を使わないのには何か理由がある。
それは分かっていても、一向に答えは見えて来ない。
何故、部分竜化を封じられない?
何故、他の力を使おうとしない?
ロキが痺れを切らしかけた時、グランが動いた。
「確かにキリがねぇな」
グランは動きを止めると、小瓶に入った何かを飲み干して姿勢を低くする。
「血鬼血相!!」
部分竜化によって鱗の生え揃った手脚や尻尾は更に太くなり、赤い血脈が浮き上がる。
更にーーー。
「流動竜化」
グランが部分竜化した部位が、波打つようにして体内で動き、下半身や尻尾へ集まって行く。
「流動竜化・・・?あれを使えるのは竜人族でも一部の者だけのはずだけど・・・、能力施錠」
だがやはりグランの力が封じられることは無く、腕に作っていた竜化部分の力は脚や尾をはち切れんばかりに膨らませ、グランはそれを爆発させるように踏み切った。
消えるようにグランがその場から居なくなった後、何もない床から周囲に音と衝撃だけが広がる。
グランはロキに向けて接近する最中、下半身に集めていた竜化部分を流動竜化によって上半身に移動させて腕や胴体を三倍近く大きく膨らませると、それら全てのエネルギーを、ロキの顔面へ炸裂させた。
「爆裂血竜鬼拳!!」
ロキの頭部はその一撃を受けた瞬間、内から破裂でもしたかのように一瞬で弾け飛ぶ。
遅れてやって来た赤い衝撃波は、竜之吐息のようなエネルギー弾となって残ったロキの胴体へ襲い掛かり、中空にて爆発現象を巻き起こした。
頭部を失い衝撃波を全身に浴びたロキの胴体は、抜け殻のように動かなくなり、真っ直ぐに床へと落ちる。
「・・・やったですか!?です!!」
「だから、それを言うんじゃねえよ」
そんなことを言いつつもカナタは、今回ばかりはグランの勝ちだと確信していた。
ロキは頭部を失い、残った胴体はボロ雑巾のようにズタズタになっている。
グラン自身も、そんかロキの姿を見て勝ちを確信したのか、その場にヘタリ込むと、カナタを見て手を挙げた。
「おう、お疲れさん!
さっき飲んだのが最後の妖精蜜だったんだろ?
ヒヤヒヤさせんじゃねぇよ!」
「すまん、助かった。やっぱ“無属性”はマナの消費が半端じゃねえみてぇだ」
カナタ達の会話を首を傾げて聞いていたニケが、唐突に口を開く。
「褒めてあげるのです、グラン!流石はニケの弟子なのです!」
「ハッ、誰が弟子だよ」
グランーーー。
初めてそう呼ばれ、満更でもない様子のグラン。
それを眺めていたカナタは笑みを浮かべつつ、未だに戦っているアステリオス達へ視線を送る。
ロキに能力を封じられる事を恐れ力を出し切れていなかったアステリオス達も、これで本気を出せるはず。
勝利は目前だろう。
誰もがそう思っていたその時、パチンッと乾いた音がカナタ達の耳を捉えた。
何度も聞いた指を弾く、その音を。
「なっーーーーー!」
「嘘・・なのです・・」
グランのマナは残り少なく、それを回復するための妖精蜜は、宝巾着の中にももう残っていない。
カナタ達は、聞き間違いであってくれと祈るように、ロキの胴体が横たわっていた場所を見たーーーー。
「全く・・・酷いじゃないか」
其処には、心をかき乱す様に笑うロキの姿があった。
「お前・・・何なんだよ・・その姿」
ロキの様子は先程までとは違い目は漆黒に染まっており、顔には薄っすらと黒い影が、グランの血管のように浮かんでいる。
「ああ・・・、これかい?
丁度、バロンを攻めさせてる強力な魔物がレオル王に殺されかけたからさ、そいつの支配を解いて力を返してもらったんだ。
悪いけど僕にはこの後、大役が待ってる。
そろそろ終わりにさせてもらうよ?」
ロキはグランを見ると軽くしゃがみ込み、床を蹴る。
「なーーーっ!?」
「遅いよ。ーーー無界」
グランが咄嗟に身構えようとした時、ロキはグランの背後に現れ、闇を纏った掌底をガラ空きになっているグランの背中へ叩き込む。
掌底は先程までとは比べ物にならぬ威力でグランを捉えると、背骨を容易にへし折り、破裂させた内臓を腹部から飛び散らせる。
だが同時に、ロキの顔からは笑みが消えた。
グランを捉えた瞬間、どういう訳かロキの腕に纏っていた闇が掻き消されたのだ。
そして吸血鬼の力により、ロキの攻撃によって負った傷が瞬く間に再生されて行く。
「ーーー能力施錠」
だがやはり、グランの再生が止まる様子は無い。
「・・・どういうことだ?能力施錠だけじゃ無く、闇魔法まで掻き消された・・・」
ロキはグランの腹部に目をやる。
腹が裂けたのなら、物理攻撃は効いているということだ。
物理攻撃は効いて闇魔法と能力施錠ーーー、つまり特級魔法は通用しない。
マナを使った攻撃が効いていないのか?
ロキはそれを確かめるべく、グランへ手を翳した。
「火球ーーーー、氷槍ーーーー、雷光ーーー」
自分の力か、奪った力か・・・。
ロキが連続して放った三つの魔法。
それらは全て、グランに近付くなり霧散して消えてしまう。
これにより、グランには魔法が通用しない、それがグランが手に入れた遺産なのだろうとロキは確信を得た。
「全く、便利な遺産を手に入れたもんだね。
だけどーーー」
魔法が効かぬのであれば、物理的に攻撃すれば良い。
ロキは、再生が終わりかけたグランの腹部に掌底を叩き込むと、再生が始まるのを待って再び攻撃する。
「こうしてればその内マナが切れちゃうだろ?」
グランは傷を再生しつつ高速で動き回りロキから距離を置こうと試みるが、先程までとは比べ物にならぬ速度により追尾され、振り切ることが出来ない。
いくら魔法が効かぬとは言え、これでは近い内に再生出来なくなるだろう。
グランはロキに攻撃されるのを承知で立ち止まると、再び流動竜化により下半身を肥大化させる。
ーーーーだが、
「だから、遅いって」
ロキはグランの脚を軽く払うと、流動竜化によって肥大化した脚が棒切れのように折れてしまう。
「ぐぁあああああ!」
「あはぁ、そんなに痛がってくれたら攻撃のし甲斐もあるなぁ。
ほら、もっと痛がれよ。
ほら、ほら!」
痛みに悶え倒れるグランを踏み付け、恍惚の表情を浮かべるロキ。
苦しむ顔を見るためか、頭を潰すことはせず脚や胴体を執拗に攻撃し続ける。
それを見ていたカナタは叫んだ。
「やめろぉおおおお!!!」
背後から聞こえるその声に、ロキは漆黒の目と口を三日月のようにしてカナタへ振り返る。
「何をかな?」
挑発するようにグランを踏み付けた脚を捻り続けるロキへ向け、カナタは脚を踏み出した。
「カナタさん、やめるです!!」
息の詰まるような圧迫感が場を埋め尽くす中、カナタはニケの制止の声を無視してロキへ近付く。
それがどれほど危険な行為なのか、理解していない訳ではない。
だが早くしなければ残り少ないグランのマナがそう遠くない内に尽きてしまうだろう。
こうしてロキの注意を引き、尚且つ少しでもロキに近づかなければーーー。
カナタは、正しく決死の思いで脚を踏み出し続けた。
ロキはカナタの行動を前にして、思い出したように口を開く。
「そうか・・・。君は弱いが、転移に似た力を使えるんだったね。
気付いた時には攻撃を受けてて、場所も移動してた・・・。それに、逃げられた時には弱いが腕を掴まれたような感覚もあったな。
そして今、死を覚悟の上で僕に近付くってことは、君の力で転移可能な範囲は、自分を中心としてかなり狭い範囲に限られるってことじゃ・・・・、いや・・範囲じゃなく時間制限か?
君の動きはどう見ても人族の中でも弱い部類のそれだ。
だから、時間の制約の中でより多く動く為に、出来るだけ僕に近付く必要がある。
・・・その方がしっくり来るな。
腕を掴む力の弱さもそうだし、さっきこの子供じゃなく、わざわざ僕を移動させたのもこの子供を持ち上げる力がなかったから。
恐らく決まった時間なら自分だけが自由に動ける転移空間を作り出せるんだ・・・。
だから力が弱くても、たくさん攻撃すれば僕に血を流させることも可能で、逆に言えば僕に近付かなければ、能力を発動する意味があまり無い。
どうだい?」
そう問いかけるロキ。
その推察はほぼ正解と言えるものだった。
転移空間ではなく、時間を止められる能力という以外、全てが言い当てられてしまった。
もしも今、不落之果実を発動しようとした瞬間に能力を封じるあの力を使われてしまった場合、どうなるのだろう?
そもそも不落之果実が時間を停止させる能力だというのはカナタの思い込みである可能性すらあり、能力の性質はロキの想像した通りの力で間違いは無いのだ。
今のグランすら凌駕する速度を持ったロキであれば、カナタが能力を発動しようと考え、実行するまでの間に指を鳴らすことくらい容易だろう。
もし不落之果実を封じられてしまっては、カナタが力を取り戻す方法は皆無となってしまう。
カナタの脚取りに一瞬の躊躇が生まれたのを、ロキの目は見逃さなかった。
「あはぁ・・、正解みーーーーー!?」
ロキの饒舌が勢いを増そうとする中、その下で部分竜化させていたグランの口から、高密度のエネルギーが迸る。
「油断し過ぎだ、馬鹿が。叛逆之吐息!!」
「くっーーー!!」
先ほど見せた竜之吐息とは様子の違う光を放つそれを見たロキは、咄嗟にその場を蹴って回避を図った。
不意を突いたとは言え、それでも僅かにロキの回避の速度が速いだろう。
このまま行けば、グランが絞り出すようにして放った吐息は躱されてしまう。
そう、このまま行けば、だがーーーー。
ロキの体が吐息の軌道から完全に出る直前、自分からからロキの意識が外れたのを感じたカナタは、反射的に唱えていた。
「不落之果実!!」




