五十二、光と闇とブルーポーションと涙
切り落とされた左腕が落ちると同時、ロキは床を蹴って蹌踉めくアステリオスへ詰め寄ると、既に赤く染まった顔をもう一度床へ叩きつける。
そして切り落とされた左腕を拾い上げ切断面にくっ付けると、あっという間に腕は接合され、切り傷も消えてしまった。
「危なかったよ・・・。まさか僕の腕が切り落とされるとは思わなかった」
アステリオスが動かぬことを確認すると、ロキは自分を睨み付ける白猫へ、闇を纏った掌を向ける。
白猫は闇に侵食され折られた四肢をピクピクと震わせるが、それ以上力が入らないのか、立ち上がるとこは出来ずその度に手足に黒い影が広がって行く。
「聞いてた話とは随分違うけどさ、君ってどの辺が聖獣なわけ?
雷を使うしか能が無いなら、もう死んでよ。
ーーーー無界」
白猫を漆黒の濃霧が包み込む。
*********
全員・・・・死んでる?
扉から顔を覗かせたカナタはそう感じた。
扉に血を撒き散らし全身ボロボロのまま動かぬレオとネオ。判別がつかぬ程に顔を潰されニケと、頭を中心として血と体液を飛び散らせるアステリオス。
象に西瓜を踏ませたかの如く飛び散る血が、受けた攻撃の強さを物語っていた。
同じような状態で倒れる黒竜エキドナ、グランが受けたのと同じ闇の霧に包また白猫。
その中心に立つロキは白猫へ向けた左腕を下ろしてエキドナの元へ歩くと、倒れたまま動かぬエキドナへ掌底を打ち込む。
「能力移植」
それを受けたエキドナの傷が、回復を始めた。
脳漿を飛び散らせる割れた頭部は徐々に塞がり、剥がれた鱗や折れた爪は直ぐに生え揃う。
それを確認したロキはエキドナから視線を外すと、退屈を紛らわせるように周囲を見渡し始め、直ぐに、扉から顔を出すカナタを見つけた。
「おや、早かったじゃないか。
遺産は無事に手に入れたのかい?」
目が合った瞬間、背筋が凍りつくような感覚を覚えるカナタだったが、相手が会話を選んだことで僅かにではあるが、内心落ち着きを取り戻していた。
数秒前、闇に包まれる白猫を見て行動に出たグラン。
それをロキに気づかせぬよう時間を稼ぐ必要があったからだ。
「どうだろうな。知りてえなら入ってみろよ」
カナタがロキを招き入れるような仕草と共に、扉から体全体を出して答えた瞬間だったーーー。
黄金に輝いていた扉は役目を終えたと言わんばかりに突然輝きを失い、石板のように変わってしまう。
そして、全体に皹が入るのを見たカナタが嫌な予感を感じ、扉の下で倒れたままのレオ、ネオ、ニケの腕や尾を掴んでその場から退避した直後、ウィンザー広場に再び地鳴りが巻き起こり、巨大な扉が砂煙を上げて崩れ去ってしまったのだ。
通路を塞ぐように建っていた扉が無くなったことで、その先に続く道と下へ続く階段が顕になり、同時に下層から強烈な熱波が吹き上がる。
熱波は砂煙を一瞬で吹き飛ばすと、扉の先にある光景をカナタやロキに齎した。
その光景は、カナタとグランが扉に入った先で見た物とは全くの別物。
想像と掛け離れた光景が広がった事で、カナタは困惑の表情を見せた。
「この先に遺産が・・・」
だがその事を知らぬロキは、扉が消えた先に続く階段を見ると一人でブツブツと推察する。
「遺産を守っていた扉が消えたのは役目を終えたからか・・・。
ならこの先に用は無い。
どっちが遺産をーーー」
その時、グランの姿が無い事に漸く気が付いたロキは咄嗟に周囲を見渡し、そしてグランの姿を発見する。
グランはロキの闇に包まれていた白猫の側に立ち、口の周りを赤く染めている。
それを見たロキは、それが吸血の跡などではなくアステリオスに使った何かしらの力を行使した跡だと確信した。
そして白猫の四肢にある黒いシミが消えると同時、白猫は光に包まれる。
暫くしてから光は次第に縮みグラン程の大きさに変化するが、大きな白猫の姿は消えて無くなっており、それと代わるようにして光の中には横たわる少女の姿が現れた。
少女を纏う光は軈て消え、その姿を顕にする。
グラン程の背丈と腰下まで伸びる白く美しい髪。
広がる髪で耳は確認出来ないが、尾骶骨の辺りからは二本の白い尾が見て取れる。
眠ったままの少女を見たロキは、アステリオスの時には得られなかった確信を得た。
「進化・・・?君、僕と似たような力があるのかな?
だけど、さっきあの禅鬼を進化させたのも君なら遺産とその力は無関係。
なら遺産を手に入れたのはどっちで、一体どんな力だったんだい?」
「「さぁな」」
*********
「なるほどな・・・サンキュー!
それで、グランは何か変わったのか?」
「ああ、俺は種族が変わったぞ。
今は血聖竜鬼って種族だ。
アステリオスの時みてぇに眠らなくてよかったよ」
「ちょ、種族が変わったってことは、進化したのか!?」
「どうだろうな?
元々持ってた力が強くなっただけだから進化って言えんのか分かんねえ。
眠らなかったのもそれが原因かもしれねぇしな」
「確かに見た目も変わってねぇけどさ、前に種族スキルを強くすりゃいつか進化出来るって言ってなかったか!?なら、霊核を貰って種族が変わったのも進化だろ!
血聖竜鬼族って・・・マジかよ。
俺も進化してぇよ!
人が進化すると何になるの!?鬼!?それとも天使!?
というかさ、ホーリーって・・何でだよ。あいつは氷の竜だろ?」
「あいつから貰ったのは霊核だけだって言っただろ。
俺が元々持ってた力が強くなったんだよ」
「竜と吸血と聖属性・・・?だから何でだよ。その聖属性はどっから出てきたんだ」
「父ちゃんだよ。ソフィーが言うには、俺が竜の力を使えなかったのは、属性の反発ってやつのせいが大きかったらしい」
「反発?確かに父ちゃんが竜だってソフィーから聞いたな。
ならグランの父ちゃんは聖竜ってやつなのか?」
「そうだ。
聖竜ヴェガ・イプシロン。それが俺の父ちゃんの名前で、母ちゃんの持ってる闇の力と父ちゃんの力が俺の中で打つかるから、今まで力を上手く使えなかったらしい。
多分俺の場合は母ちゃんの闇の力を強く受け継いだから吸血鬼の力は普通に使えて、聖竜の力が上手く使えねぇんだ」
「ほぅ・・・だからロキの闇にも耐性があったのか?
そんで、霊核が増えて父ちゃんの力も扱えるだけの余裕が出来たと」
「ああ・・・。
多分、ソフィーは初めから此処で俺達に霊核を手に入れさせるのが目的だったんだ。
光の属性と闇の属性を同時に操るには凄え量の霊核が必要だから、普通の特訓じゃ無理だって言ってたし」
グランは扉を目指しつつ腕を見て部分竜化をしてみせる。
今までは疎らだった鱗は、腕にビッシリと生え揃い、歪だった腕は小さな竜そのものといった雰囲気だ。
鱗はグランの髪の毛のようにグラデーションが綺麗な白金色で、ゴツゴツとした重厚な鎧のようにも見え、腕の先端には三本の指と、全てを切り裂いてしまいそうな程、鋭利な爪が伸びている。
「着いたな」
グランは腕を元の状態に戻し、ウィンザー広場に続く黄金の扉から顔を覗かせた。
********
「言わないなら力尽くで使わせるだけだ。
死にかければ力を使うしか無くなるだろ?」
「そりゃそうだけど、無駄だと思うぞ?」
カナタはそう答えた。
ロキを前にして余裕があるわけでは無いが、受け継いだのが霊核そのものであるなら、ロキが遺産だけを狙って奪うことは不可能だと考えたからだ。
「随分と余裕じゃないか。
僕の予想ではそっちの子供に遺産を託したのかと思ってたんだけど、君の方だったかな?
だとしたら大きな失敗だよ。
その子供を強くすれば、僕とも少しはまともに戦えたかも知れないのにさ」
「五月蝿え、どうせ俺は雑魚だよ。
グラン、そいつは俺が守る。後は頼んだぞ」
「おう、任せろ!」
「なんだ、やっぱり遺産を受け継いだのは君の方か。
なら早く掛かっておいでよ」
グランは低く構えると、部分竜化によって手脚を鱗で覆い、太く長い尾を作り出す。
やはりこれまでの様な奇形ではなく、見るものが見れば、それが竜人族の部分竜化による変化だと一目で分かる出来栄えだ。
当然、ロキもそれが竜人族特有の力だと理解はしていたものの、様々な種族の力を行使するグランの特殊な戦い方を見た後では、それがグラン特有の力ではなく、何かしらの能力によって発現させた力なのだと考えざるを得なかった。
「またその力かい?
やはり君の力は僕のものと良く似ている。
他人を変化させる力とそれが同一だとするなら、君は血を吸った者の力を一時的に自分の物に出来る。
それが君の持つ特級魔法の力だ。違うかい?」
「どうだろうな」
更にグランは頭部を部分竜化させると、同じく部分竜化させた四肢と尾で体を支える。
「四肢に尾に顔・・・、二足歩行のまま体の大きさが変わって居ないと言うことは、同時に六ヶ所の部分竜化をしていることになる・・・・。
へぇええ・・・、凄いじゃないか。
そんな芸当、本物の竜人族でも中々出来るものじゃない。
よっぽど高位の竜人族の血を貰ったのかな?
だけど、種が分かれば其れ迄だ。
その、今までに血を吸った他人の能力を一時的に使う特級魔法・・・、もう使わせないよ。
能力施錠」
渇いた指の音がグランの耳に届く。
「・・・・・?」
だが、グランの体に起きている変化が止まる事はない。
ロキは、先の戦いにてグランがチュリアンや一角狼の力を使う際、自分の腕を噛んでいたことを唐突に思い出した。
あの方法で使いたい種族の血を注入しなければ、他人の力は使えないのではーーー?
今回、グランは自分の体を噛んでいなかった。
「くそっ!!ならお前は竜人族と吸血鬼のーーーーーー!?」
封じるべきは特級魔法では無く、竜人族特有の力である部分竜化だった。
ロキが其れに気が付いた時、グランは部分竜化させた体で口を大きく開き、唱えていた。
「遅えよ。ーーーー竜之吐息!!」
死の穴、ウィンザー広場に特大の閃光が迸るーーーーー。
これまでの物とは比べ物にならぬほど超高密度のエネルギー砲は、ロキの指が鳴らされる直前に放たれていた。
今更、グランの力を封じようとブレスの勢いが止まる事は無い。
「くっーーー“闇侵食”!!」
闇を放ったロキが空気中に黒く染まる穴を作り出したその直後、ロキの居た場所へグランのブレスが直撃するーーー。
壊れぬ床でなければ岩盤が崩落していたのではーーー、その光景を見ているカナタにそう思わせるような大爆発が巻き起こり、突風にも似た衝撃がカナタの側で寝ているレオ達を散り散りに飛ばしてしまいそうになる。
カナタは咄嗟にレオ達を掴むと、急いでグランの背後、白い髪の少女が横たわる場所に駆けつけ、不折剣を握り締めた。
竜之吐息を放ったグランはカナタでは運べぬアステリオスを抱えて戻ると、レオ達の隣にアステリオスを寝かせ晴れて行く砂塵を注視する。
「ーーーやったか!?」
こういう場面で口にしてはいけない台詞ナンバーワン、それを異世界人ではなく自分自身が口にしてしまうという失態を犯したカナタは、口を押さえてグランと共に薄れる砂塵を見る。
その数秒後ーーー。
「危なかったよ」
カナタにして見れば、やはりとしか言いようのない事態が起こってしまう。
空中に現れた黒い渦からそんな声が漏れ聞こえると、その中からロキが現れた。
ロキが飛び出るなり空中に出来た黒い渦は消え去り、ロキは相変わらず薄ら笑いを浮かべてグラン達を見ている。
だがその表情に反してロキの右脚は消えて無くなっており、アレだけ攻撃してもビクともしなかったロキが片脚を失うという事態に、カナタは微かな希望を抱いていた。
しかしロキは相変わらず余裕の表情を崩すことなく、既にかなり傷の癒えているエキドナを見ると、指を鳴らした。
「移植中断」
するとその瞬間にエキドナの治癒現象は止まり、ロキの右脚の再生が始まる。
その再生スピードは凄まじく、失った膝から下の再生を五秒ほどで完了させてしまったのだ。
そんな光景を前にグランは軽く舌を鳴らすと、その場を離れてロキへと走り始めた。
其れを見送ったカナタは宝巾着に手を入れると、小瓶に入った青い液体を取り出してニケを抱え上げる。
「ニケ、意識はあるか?」
「・・・・・ガナ・・・・タ・・・さん・・・っ」
潰れた顔で必死に何かを訴えようと涙を流すニケ。
カナタはそれを制止させると、青い液体をニケの口元に運ぶ。
「分かってる、ニケは良く戦ってくれた。
もう大丈夫だから早くこれを飲め」
青い液体はトトの店で最も高価な傷の治療薬。
軽い傷であれば瞬時に治す力を持つブルーポーションだ。
ニケは潰れた顔で必死にブルーポーションを飲み込もうとするが、顎が粉砕されてブラブラの状態になっているせいか、思うように飲み込めず、涙と一緒にブルーポーションが口から零れ落ちてしまう。
「悪りぃ、飲みにくかったな。
これでどうだ?
ゆっくりでいいから落ち着いて飲むんだ」
カナタはブルーポーションが入っている小瓶を皿の形に変化させると、ニケの口元に据えるようにして持つ。
するとニケは、猫が水を飲むようにしてゆっくりと震える舌を出し、ブルーポーションを口に運び始めた。
ゆっくり、ゆっくり、何度も繰り返し、ブルーポーションを飲み込んで行くニケ。
次第にその速度は上がって行くが、皿に入ったブルーポーションが減ることは無い。
ニケの眼から溢れる涙が止まるまではーーーー。




