三十九、真神教
今年はこれで最後か、もう一話いけるか、といった感じです。
死の穴編が終わると、迷宮からは離れて国外に行く予定なので、カナタメインで進むかと思います。
来年もよろしくお願いします。
皆様、良いお年を*
グランがカナタ達と合流してから六日。
現在、クルベーラ地下大迷宮九十九階層。未だにレオやニケとは会えていないものの、大規模な捜索活動中のバロン騎士団員達とは何度も遭遇しており、ニケと師匠のラミス、それにレオは最下層を目指し進んでいるらしいことが分かっている。
「それにしても暑いな・・・」
ニケからの情報通り、周囲の気温は下に行くにつれて上がり続けており、高温多湿なこの環境はか弱い人族であるカナタを苦しめ続けている。
多湿の理由となっているのは、至る所に見られる暖かい川と、大量の植物だろう。
この九十九階層には外と見間違えるほど明るく広い熱帯雨林のような環境が形成されているのだ。
だがここ数日、パラライズキャットの大追跡に悩まされていたカナタ達にとって、障害物の多いジャングルはいい隠れ蓑となっており、ここでもやはり“際立って“強い魔物をそれほど多くは見かけない。
様々な植物が色とりどりの花を咲かせ、フルーツも多くあり、肉だけの食生活に飽き飽きしていたカナタ達の安息の地と言ってもいいのかもしれない。
「これで暑くなきゃなぁ・・・」
「ったく、こんなんで暑いとか情けねぇなカナタは」
「ボクもこれくらいなんとも無いにゃ」
「俺も暑いより涼しいほうが好きだぜ・・。こいつら二人が異常なだけだから気にすんな兄ちゃん」
高さは高い場所で五十メートルほどだろうが、広さの方はとんでもない。
岩の柱などは無いが、数々の巨大な植物が群生し柱の役割を果たしているようで、シャルピアのように動かない植物もあれば、その逆もある。
食虫植物ならぬ食人植物、ならぬ肉食植物だ。
動くものなら何でも食らいつくらしく辺りには魔物を口に入れて消化中の花がいくかある。
例えば、太い幹の先に赤い花を沢山咲かせ、枝を蔓のように垂らした緑の植物。
周囲には甘い香りが漂っており、この匂いで魔物を誘き寄せているのだろうと想像がつく。
そして近づいた獲物へ蔓で絡みつき、接着剤のような液体を出して獲物の動きを封じたあと、花の咲き乱れた箇所の中心にある口でゆっくりと捕食するのだ。
何を隠そう先程、マジックハニーの味を連想させるようないい香りに誘われ、ポルトスを除く三人で仲良くこの植物の罠にかかったばかりであった。
そして、どうやらこの植物地帯には竜種が多く生息している。
例の二人組の影響もあるのか、竜種の中の格で言えば、それほど強くはない者が殆どだろうが、やはり九十九階層ともなれば、弱いと言えるような魔物はおらず、パラライズキャットの姿を見なくなったのにも無関係では無いだろう。
グランと闘った白猫ならまだしも、配下であるパラライズキャットが気軽に足を踏み入れられる場所ではないということだ。
火竜、風竜、土竜と言った属性持ちの地竜も稀に見かけるが、今のこの階層で厄介なのは絶え間無く襲いかかってくる植物と、ある変わった竜だ。
名は“ロゼッタドラゴン”。
特に属性は持たない竜だが、ある特性により、この辺りにいる竜種の中では最も厄介な存在かもしれない。
その特性とは、姿が見えないこと。
周囲の色と同化し、動かずに獲物を待ち伏せ、強力な粘着性のある液体を纏った長い舌を使って獲物を捕らえる。
殺して姿を見てみたカナタの感想としては「何というか・・・・、でかいカメレオンだな」であった。
全長は十五メートルほどもあり、長い牙を持ってはいるが、小さな獲物は丸呑みにしてしまいそうだ。
様々な匂いを発する植物のせいでロゼッタドラゴンの発見が遅れることもあり、カナタはこれまでに数度、粘着質の液体を纏った舌に巻き付かれている。
ロゼッタドラゴン自体の強さはこの階層では最弱に近く、グランやポルトスが居る限りカナタが飲み込まれることは無いのだが、その舌の粘着液の強さと量は半端ではない。
一度舌に捕まってしまえば、殺して逃げたとしても身体中がベトベトになり、歩く度に地面と足裏が強力に張り付いたり、腕を振り上げようとしてもネバネバが邪魔で思うように動かなかったり・・・。
熱との相性も最悪で、火や雷の熱を浴びた粘液は固まり更に粘度を強くするため、一度その粘液が付着してしまうと、その後の行動に多大なる影響を及ぼしてしまう。
だが少し前、粘液を浴びたカナタは見つけてしまったのだ。
地熱・・・湯気・・・・それに・・・硫黄の香り。
もしかして・・・。
「これ、温泉だ!!」
「「「・・おんせん?」」」
******
カナタの興奮を他所に、そんな訳の分からん物より、その鬱陶しいネバネバをどうにかしろとばかりに冷ややかな目線を向ける三人。
「俺の故郷では、毎日風呂に入って体を洗うんだ。お湯が貯まってるのが風呂で、その最上級が温泉!
ここへ浸かるとすごく気持ちが良くて身も心も休まるんだぞ」
俺が興奮して話すせいか、二人とも少し顔つきを変え、温泉を眺めている。
「毎日湯に?兄ちゃん・・オメェどっかの王族かなんかなのか?」
「違うけど俺の国ではそれが普通なんだよ。ちょうど皆んなも体が汚れてるだろうし、温泉に入って体を休めようぜ!」
少し考えた三人は、温泉に興味が湧いたようだ。
「良さそうだな!入ってみようぜ!」
「まあ、物は試しだな」
「試すにゃ」
「よし、よし。それでは俺が温泉のしきたりをーーーーーー、って!ちょっと待ったぁぁぁ!!!」
「な、なんだ!?」
こいつら、そのまま温泉に浸かろうとしやがった。
ーーーなっちゃいねぇ。初めてだから分からんのはしょうがないが・・。
やはり教育が必要のようだ。
「ふぅ。ーーー温泉ってのは先にお湯を体にかけて、ある程度綺麗に洗ってから入るんだよ。服も脱いでからだ。ちょっと待ってろ」
物質変化で岩盤を温泉っぽく変形させてと・・・。
ここは迷宮だから気にする必要はないかもしれないが、外で温泉に入るかもしれねぇことを考えると、こういうのは今から教育しておくべきだろう。
物質変化で作った桶で体を流してネバネバを拭い去った所で、漸く準備完了だ。
「よし、これで温泉に浸かっても大丈夫だ。ーーー行くぞ」
〈ザバアァァーーーーン〉
ああああぁぁぁ。
気持ちいいいぃぃぃ。
「はぁ久しぶりだ。極楽極楽うぅぅ」
「ほう・・・これは確かに気持ちの良いもんだな。温泉を見つけて喜んでいたのも頷ける」
「だろ?温泉は素晴らしいんだ。景色に拘って作ればこれの何倍も最高だ」
俺の右隣に座るガルーさん。
少々温泉が浅いようなので、深く作り変えると更に気持ちよさそうにしている。
犬のくせに温泉の良さが分かるとは。
見所のあるオッさんである。
「グランにポルトスはどうだー?」
「おう!まぁまぁだな!」
グランにはそんなにハマってないな・・・。これだからガキは。
ポルトスは・・・ん?
「ふにゃ〜、とってもいい気持ちなのにゃぁぁ」
めっちゃ気持ち良さそうだ。猫だし暖っけぇのすきなのか?
「そうだろ〜!まさか迷宮の中で温泉に浸かれるとはなぁ。俺がネバネバになってなきゃ見つけられ無かったかもな!あはは」
・・・違うか。すまんかった。
五分程お湯に浸かり、少し上がってまた浸かる。
久しぶりの温泉を堪能し、洗っておいた服や鎧が乾くまで温泉の正面に部屋を作り、ポルトスの氷魔法で火照った体を冷やして涼む。
あわよくばコーヒー牛乳が欲しいが、今は久しぶりに得たこの安息だけで十分満足だ。
外の気温もあって、濡れていた服はもう乾いたようだ。
「さぁ、行くか!」
「ん、行く!」
「ああ。そうしよう」
********
クルベーラ地下大迷宮、百五階層。
「ゼノス様!それにロウレン様!地上の警備は宜しかったのですか?」
二人組の捜索に当たるレオの元へ、地上の警備に当たっていたゼノス、そして元六獣騎士ロウレンが現れたことで辺りは騒然となった。
ロウレンは無骨な木の杖を持った老人風の妖精猫族で、その経験の豊富さと長く六獣騎士を務めた経歴から多くの信頼を寄せられる、バロンが誇る大騎士の一人である。
地上に魔物が押し寄せた場合、入り口付近で仕留めなければ死の穴周囲の村や町に多大な被害が出るというのに、その指揮を取っているはずのゼノス達が現れたのだから当然だろう。
「うむ、地上の検問には一体足りとも魔物が現れぬので胸騒ぎがしておった所へ王命が下ったのだ。二人組を追え、とな。
検問には別の者を配置している。
それより状況はどうなっているのだ」
「ハッ、恐らくゼノス様も気付いておいででしょうが、この百五階層に至るまで、その階層毎に確認されていた強力な魔物の多くが姿を決しております。
二人組に関しては未だに全く情報が無いものの、状況から考えればこの百五階層もしくは百六階層に潜伏している可能性が高いと思われます」
「うむ。理由は?」
「百五階層に生息する魔獣として最上位の強さを誇るであろう阿修羅大猩々やオーガウルフ、ケルベロス、ヒュドラなどの魔物が未だに発見されておりません。
これは恐らく二人組の仕業であると同時、我等は百階層から百五階層に至る全ての縦穴へ人員を配置しております。
この間の階層はそれほど広くありませんので、見落としていると言うよりは、この百五階層の未捜索箇所もしくは百六階層に敵が隠れていると思われます」
「そうか・・・。ニケやラミスは何処に?」
「ラミス様とニケの率いる精鋭六名から成る部隊は百五階層の探索を行い、百六階層へ入る前に此処で合流することとなっています。そろそろ来る筈ですが・・・」
「そうか、では俺も少し待たせてもらうぞ」
レオ達の居るこの階層にはバロンの誇る騎士団の中でも特に力の強い者や、Bランク以上の冒険者が集い探索任務に就いている。
状況から考えれば、二人組及び姿を消した魔物達は、最下層の百六階層に隠れている可能性が高いと考えられるため、レオ達はこの百五階層の探索を終え次第、ここへ戦力を揃えた状態で百六階層へ立ち入ろうと考えていた。
最下層ではマナの使用が出来ないため魔法使いはこの階層に待機させ、身体能力の高い者で隊を組み直し最下層の探索を行い、百五階層に敵を誘き寄せる作戦のようだ。
そういった作戦を行おうとする中でゼノスが参戦したことは、レオ達にとっては朗報であった。
恐らく、マナの使用無しで魔物と闘うことが出来る数少ない戦士の一人だからだ。
「あれ?ゼノスさん!何でここに?」
突然、緊張感の高まりつつある迷宮の中に軽い声が響く。
「アオイか・・、王命でな。依頼はどうだった?」
「まぁそれなりに順調だよ!というか、俺たちより後に迷宮に入った筈なのによく追い抜けたな・・、流石は六獣騎士の副長だ」
「当たり前なのにゃ!ゼノス様は凄いのにゃ!」
「けど、俺たちは途中までオッさんの道案内付きで進んでたんだぞ?いくらゼノスのオッさんでも早すぎないか?」
「俺たちは依頼や物資の調達のせいで結構立ち止まってたからだろ?白猫の邪魔もあったしな。
それより百階層より下に入った途端、スゲェ騎士の数だな・・・。まるでMMORPGで大規模クエストに参加する前みてぇだ」
「白猫を何処で見たですか?です」
カナタの訳の分からぬ話へ皆が首をかしげる中、聴き覚えのある声が聞こえてくる。
「おお!ニケ!随分久しぶりな気がするぜ。元気だったか?」
そう言ってカナタがニケの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じ恍惚の表情を浮かべ、隣に居たラミスがニケの質問を受け継ぐ。
「それでアオイさん、白い猫を何処で見たのですか?」
「俺たちが見たのは七十階層だったな。ポルトスに止められたから闘わずに逃げて来たんだけど、九十九階層くらいまでは追いかけて来てたと思うよ。ジャングルで完全に撒いたと思うから今はその辺りじゃねぇかな?」
腕を組んでそれを聞いていたゼノスが口を開く。
「うむ、では聖獣は俺が保護しておこう。ラミス、此処は任せてもいいか?」
聖獣ーーー、聴き覚えの無い言葉が、あの白猫を指していることは分かる。
だが、一国の騎士団副長であるゼノスが魔獣のことを聖なる獣などと呼ぶ事など想像だにしなかったカナタは、ラミスが答える前に話に割って入った。
「あの白猫がーー聖獣?どういうことだ?」
カナタはポルトスを見るが、ポルトスは答えようとせずゼノスに視線を送る。
「うむ、よかろう。レオ、話してやれ」
「ハッ、まずアオイ殿はバロン王国の名の由来はご存知でしょうか?」
「由来?知らないな」
「バロンとは、初代聖獣様の名です。
初代聖獣様は、バロン王国の初代王となったレオン様と共に、ある敵と闘いバロン建国に貢献されました」
「王と魔獣が国を作った?話が全く見えないんだが、それで?」
「聖獣様とは魔獣ではなく、妖精族でございます。
現在、バロン王国にはこのような言い伝えがあります。
“この地に滅亡の危機が迫っている時、聖獣様が現れる”。
そして最近になり、バロン有数の占術魔導師を有する占導協会により、聖獣様誕生の兆しがあるとの予言が内々のうちに発表されていたのです」
「それが俺達の見た白猫の化け物だってことか?
だけどありゃどう見ても妖精ってより魔獣だったけどな・・・、パラライズキャットのこと操ってたし」
「あくまでも可能性というだけだ。では、俺は聖獣の元へ向かう。後は任せたぞ、ラミス」
ゼノスはカナタ達の話をそこで打ち切ると、ロウレンを引き連れて上層を目指そうとする。
この場において、恐らく最強であろうゼノスが自ら赴くほど重要な存在なのであれば、ポルトスがグランを止めたのにも納得が行くと、カナタは一人頷く。
一方、今後の作戦の指揮を言い渡されたラミスは、振り返ったゼノスとロウレンへ背ほどもある長い杖を向けて言った。
「止まりなさい。真神教」




