三十五、ビー
クルベーラ地下大迷宮、六十二階層。
前方の岩陰から二本の触覚に続いて、ラグビーボール程の頭部が現れる。
イエロー・ビー。
雀蜂をそのまま大きくしたようなその黄色い蜂は、俺達を見るなり襲いかかって来た。
確かゼノスさんの情報によると、こいつらは音に敏感だったな・・・・。大きな鳴き声を挙げて仲間を呼んだりはしないようだが、時間をかけ過ぎたり派手にやり過ぎると、すぐに仲間が集まってくるだろう。
つまりその羽音が聞こえ、頭部が見えた瞬間、音を立てず即殺しなければならない。
こいつらの巣の中では、ガルーさんの案内は全く役に立たない。
それ故に先頭で戦闘・・・をするのはグラン。後ろを守るのはポルトス。
兎も角、こいつらに任せときゃイエロービーの瞬殺は全く問題ない。
巣の中を曲がる度に現れるイエロービーではあるが、本当に瞬殺し続けてるせいで、どんな感じで戦う魔獣なのか見れてないのがネックではある。
あるが、こんな場所で蜂共に囲まれるリスクを負ってまで見るもんじゃないしな。
というか、大体想像付くし。だって蜂だろ?
例えば、あの鉤爪は獲物や岩肌に引っ掛けたりするだけじゃなく、獲物を切ったり刺したり出来る感じの形状に見える。
まあけど、蜂だし主な攻撃手段はやっぱり尻の針と、鋏みたいな口での噛みつきだろうな。
それに、蜂なら本来は飛び回ってナンボの魔獣だろ。いくら飛行能力があろうがこの狭い巣の中で、碌に飛び周ることも出来ないこいつらのスピードは、決して速くないーーーと思う。
見てないから分かんないけど。
けど壁に囲まれた巣の中にいる蜂だよ?
危ないと思ったら、回避くらい余裕だろ。
というか・・この中なら竜包丁でも振り回しときゃ、俺でも勝てるんじゃねぇか?
「グラン、一回だけ蜂と戦ってみていいか?」
こんくらいの相手ならグランも簡単に譲ってくれるんだな。というかそんか心配そうな顔しなくても大丈夫だっつうの!
っとーーー、蜂の羽音が近いて来た。
グランもポルトスも蜂の頭が見えた瞬間、敵がこっちに気づく前に、頭を潰して瞬殺してたよな。俺もその作戦でいこう。
殆どの通路が曲がってるおかげで遠くからこっちの姿をを発見されないのが救いだな。
クックック、この地形と竜包丁があれば俺の勝ちは固い。
よし、来るぞ・・。
来るーーー、来るぞぉーーー、もう来るぞーーー!!
キタァァアア!!!
竜包丁、ドォオン!!蜂、シュパァアン!!
ーーーあれ?
切れない?
何だこの甲殻!?硬ぇえ、金属みてぇに硬え・・。
俺の腕の無さもあるだろうが、細い首に当てた筈なのに竜包丁で切断出来ねぇってどんな身体してんだ!?
グランもポルトスもどんな力で攻撃したらあんなことになんだよ・・。
つぅかヤベェ!
なんか怒ってる風だぞ・・。
こっち見てキシキシ言ってるし、口開けて突進して来るしーーー。
鉤爪が服に引っ掛けられてーーー、押さえつけられてーー、俺、動けなくてーー、
尻浮かせてーーくの字に曲げてーーその先には太
ぇ針があってーー、それを突き出して来るスピードがーーー!?ーーーうおおお!!?
「おい危ねぇぞカナタ!」
ーーグラン!?
あれ?いつの間にかイエロービーが死んでーー。
・・・・うわぁぁ。
びっくりしたー。
あんな硬えのかよ。それに鉤爪を立てられてから針を刺す迄の腰の動きが予想外に速かった。
その腰の振りの速さは男として・・なんて言ってる場合じゃねぇな。
ムリムリムリ。そもそものスペックが違い過ぎる。虫が人と同じ大きさになったら強えってよく聞くしな。
・・・よくは聞かないか。たまにだな。
うん、やっぱ戦うのはグラン達に任せるべきだ。まさかこんなやつ相手に不落之果実を使うワケにもいかんし。
「いやぁ・・、助かった。サンキューなグラン」
「サンキューじゃねぇよ!何で戦おうと思ったんだ!?」
「いやぁ、何と無く勝てそうな気がしたんだよ」
「おいおい・・兄ちゃん、あんなヒョロヒョロな剣捌きでイエロービーなんかと戦うもんじゃねぇ。下手したら一発で囲まれちまうんだぞ」
無駄にデケェ剣が壁に当たって振り回せず、闘えたとしても五月蝿ぇからジッとしてるしかなくなったガルーさんには言われたくねぇが、確かに俺みたいなのはジッとしてるに限るか・・・。
「にゃはは〜、ガルーもさっき蜂を集めかけたからおあいこだにゃ」
よく言ったポルトス。
けどーーー。
「いや、悪かったよ。後はグランとポルトスに任せる」
戦いは任せるとして、俺には俺の出来ることがある。例えばこの蜂の死体は素材になりそうな物もあるんじゃないか?
甲殻は丈夫だし、この針とかはどうなんだろ?
「話は変わるが、イエロービーの毒針って武器の素材にもなんのかな?」
「確かイエロービーの毒針は折れりゃ再生に時間が掛かるが、それなりに強度は高いらしい。甲殻なんかは柔過ぎで話になんねぇが、毒針だけは狩猟用の毒槍の替え刃なんかに使われんだ」
あの甲殻が柔ねぇ・・・。やっぱ俺って弱えんだな。
まあいいや。何にしても、此処にイエロービーなんて腐るほど居るんだし、これはいい金になりそうだ。
よし、グラン達が首を飛ばしたイエロービーの針は回収だな。
時間は掛かるが、金は大切だ。何も出来ねぇガルーさんにも手伝ってもらおう。
っと、さっきの戦闘の音を聞きつけたのか?
羽音からして複数匹向かって来てるが・・グランに任しときゃ余裕だろ。
さてさて、いつ迄もイエロービーの相手をしててもしょうがないし、早く見つけたいよなぁ。
異世界に来てから糖分らしい糖分を殆ど摂取して無いせいか、無性に甘いものを口に入れたくなってきてる。
果物はあるけど、日本に居た時みたいに甘くて熟した果物なんてまだ見かけてないし。
マジックハニーかぁ・・どんな味なんだろ。
おっ、もう終わったのか。
ではでは、しゅっぱーつ!
ガルーさんが道案内出来ない今、道を選ぶのはポルトスの仕事だ。
何やら風の流れを読めるらしいポルトスは、迷路の中でもある程度は道を見通す力があるらしい。
さすが六獣騎士ってとこか。
数ある道の中で次にポルトスが選んだのは、通路右に現れたかなり狭い通路だ。 そこへ入り突き当たりを道なりに左方向へ折れると、早速三叉路に突き当たる。
「そっちだにゃ」
ほう、次は右の通路か。
イエロービーが一列になってやっと通れるくらいの広さと高さしか無いから、これならもし大量の蜂に襲われても一匹ずつ処理していけばいい。
・・・ここに誘き寄せて蜂を全滅させるなんてどうだ?
いやいやいや、辞めておこう。なにか良くない事が起きそうな気がする。
この通路の左右には複数の横穴があり、その中の一つをポルトスが選び、グランを先頭にこれまた狭い通路を進む。やはりここもイエロービーがギリギリ通れそうな広さしかないか。
そういやガルーさんは・・・、一応来てるな。まぁほっといて大丈夫だろ。体が大きいのは置いといても、あんなデカイ剣なんて持ってくるのが悪い。
ポルトスに言われるがまま、なだらかに畝った道を二十メートルほど進むと、その先にある小部屋に辿り着いた。
部屋には無数の穴。その中からはキシキシッと鳴き声をあげる黒い鋏のような口に、真っ白な体を持つ巨大な芋虫のような幼虫の姿が。
あれが尻尾まで芋虫みてぇな形なら五十センチくらいはありそうか?デケェな。
「あれがイエロービーの幼虫だにゃ」
「すっっっーーーっげえぇえええデケェ虫だな、美味そうだ!!」
蜂が集まらないように気をつかって小声ではあるが、グランの奴かなり嬉しそうだな。
お腹が減ってる時に身がたっぷり詰まってそうな巨大ロブスターを見つけたようなもんか。
いや、けど蜂の子って美味いらしいしな・・。アレも一応蜂の子だし、もしかして美味ぇのか?
「けどあいつら・・イヤにテカってないか?なんだあのドロドロした液体は」
壁に空いた穴の中に居る幼虫は、そのどれもが半透明の液体を纏っているせいか、塩を掛けられたナメクジを見ているような気分になる。
キモい。やっぱりあれは食うもんじゃねぇ。
俺は断じて食わん。
「あのドロドロしたのがマジックハニーだにゃ」
*******
う・・・っ、
美味い。
ウマーイ!!
なんだこれ、めっちゃ美味いぞ!
この上品でコクのある甘みはしつこく無くて、ずっと食ってられそうだ・・・。
フレンチトーストやホットケーキにぶっ掛けて食いてぇえええ。
それに何より!!
この蜂の子!表面の硬い皮を剥いだ身は柔らかいのに程よく心地良い弾力があって、不思議な噛み応えがある。
体の一部をポルトスが剣で刺すと、プチッという小気味いい音が鳴って、トロトロの液体が流れ出たかと思うと、それもまた仄かな甘みを含んだ液体で、中々のお味だ。
幼虫の身をその液体に潜らせて食べるのが通なのか・・・。
うん、美味い。
し・か・も!このマジックハニー及び幼虫にはマナを大幅に回復させる効果もある。
ゼノスさんが、蜂に囲まれたらここに逃げ込めって言ったのはこういうことか・・。
巨大な外敵の侵入を防ぐためか、イエロービーがギリギリ通れる広さしか無い通路のお陰で、どんな大群に襲われても一体ずつ倒せばいいし、マナが無くなりゃこいつらで補給をすればいい。
「こういうイエロービーの幼虫が居る部屋が他にもいくつかあるんだよな?
これは確かにクインビーと戦うなら、一番近い幼虫部屋を見つけておきたいな」
「そうだにゃ。他にも蛹だけがいる部屋もあるからそっちの部屋でも大丈夫なのにゃ!」
「蛹だけの?ここでそのまま蛹にならないのか?」
「にゃ!イエロービーの幼虫は一つの部屋で殺し合いをして、殺した幼虫を食べる習性があるのにゃ。部屋の幼虫の数が半分くらいになると蛹になって、蛹の部屋に移動させられるのにゃ!
蛹のままだと後から穴で産まれた幼虫に食べられちゃうから、蛹はイエロービーが移動させるのにゃ!」
なるほど・・共食いをして強くなるわけか。
地球にも共食いする生き物は多くいるし、魔物の世界ならこれくらいしなきゃ種の繁栄は難しいだろう。
この世界は弱肉強食。強いものが生き、弱いものがーーーって、まことちゃんが言ってたもんな。
さて、グランとポルトスも回復したみてぇだし、中身をくり抜いた幼虫を袋にして穴の中のマジックハニーも詰め込んだ。
ストックももっと欲しいけど、取り敢えず後にしてそろそろ進むか。
*****
進んだ先にあった、一つの部屋。 幼虫がいた部屋の十倍程の広さの部屋の壁一面には、ポルトスや俺でもすっぽりと収まりそうな穴が無数に空いている。
穴とはいっても蜂が出入りする穴ではないようだ。
殆どの穴の中には、白い体に黒く大きな目を持った蜂の形をした生き物が、顔を出して埋まっている。
これが・・・蛹ってやつか。
一つの穴から蜂の蛹らしきそれを引き摺り出すと、ドロッとした液体が糸を引いて地面に落ちる。
動く気配は無く、幼虫のような白い体には不完全な羽や脚が見られ、皮膚が剥がれかけているような様相を見せている。
何というか・・・キモいな。
白い体に大きな黒い目ってのが、宇宙人みたいに見える。
壁一面からヌメヌメの液体に包まれた宇宙人に見られてるような気分だ。
幼虫達の部屋で生き残った奴が此処で成虫になる準備をしてるらしいし、中には黄色っぽい奴も居るな。アレはもう直ぐ成虫になる個体だろう。
今にも動き出しそうで怖い。
グラン達は蛹も美味そうに食ってるが、俺はパスだな。何か無理。
ポルトスによると、幼虫のような弾力とクリーミーな味わいに、所々固くなりかけた甲殻のシャリシャリとした食感と独特な風味があるらしい。
というか蛹を包んでる液体がキモさをアップさせてるが、これもマジックハニーなんだから美味いのは間違いないか。
宇宙人部屋を抜けた先には、更に大きな広場があり、其処には何やらイエロービーの成虫が屯している。
部屋には数多くの通路が繋がり、蜂が出たり入ったりを頻繁に繰り返している。広さ的に女王蜂でもいるのかと思ったがどうも様子が違う。
此処が迷宮の中だとは思えないほど高い天井と、円形に広がる場所。
その中心には下手な大木よりも太く高い幹を持った植物があり、幹の先には一輪の白い花を咲かせている。一枚の花弁だけでもイエロービーの数十倍はある、そんな巨大な花だ。
でけえぇええーーー。
「ありゃ魔花だな・・、ビー達はアレの蜜を集めてマジックハニーを作ってやがんだ」
魔花・・・、そうか、だからこいつらの蜂蜜にはマナを回復する効果があんのか。
魔花ってのは前にグランに聞いたことあんな。
魔素を養分に育つ植物、だったか。
この花もまた魔物の一つだが、魔花にも攻撃を仕掛けてくる植物と、普通の植物と変わらず、ただ生えているだけの植物がいるらしい。
どうやら、こいつは後者のようだ。
「あの魔花はシャルピアって名前らしい」
シャルピアか。イエロービー達はこのシャルピアの蜜を吸ってマジックハニーを作っているようだ。
吸う魔花の種類でマジックハニーの味や効果も変わったりすんのかな?
たった一輪だけ咲いた花の中心にはイエロービーが暫く止まり、また穴の中へ戻って行く。
幼虫や蛹を覆っていたマジックハニーは、こいつらがシャルピアから吸って運んでんのか。
つまりーーー。
「後を付ければ幼虫部屋に行けるんじゃねぇか?」
「おお、頭いいなカナタ!」
「確かにな。着いて行ってみっか!」
「賛成にゃ」
「なら・・・あいつに着いて行ってみるか」
何かあいつだけ色が違うし。
黄色と黒の縞模様の蜂達の中に、稀に黒っぽい蜂が混じってんだよな。なんか特別な部屋に行く蜂かもしんねぇ。
「ありゃブラックビーだな。イエロービーが働き蜂ならあれは戦闘員のはずだが、蜜を運んでやがるな・・・。
特別な部屋に行く蜂かもしれねぇぞ」
あ、それさっき俺が考えたやつだから。
もういいから。
ブラックビー・・イエロービーよりも一回り大きく強い蜂が、少数だが群れの中に混じってるわけか。
戦闘員と言うだけはあり、身体つきが何と言うかゴツいな。
あの長い鋏のような顎に噛み付かれたら無事では済まないだろうし、黒い個体の毒はかなり危険らしい。
もし刺されでもしたら、完全に死ぬよな。一応、森で毒消し草は摘んで来てるけど、ただの草がそんな猛毒に効果あるとは思えんし。
黒い個体は数が少なくて嫌でも目についたから、何となく後を付けてみようと思ったんだが・・・失敗だったか?
いや、だけど皆んなも賛成してたし、蜂だらけのあの部屋を堂々と突っ切るワケにもいかんし、たまたま俺達の近くの穴に入って行ったからしょうがねぇよな。
うん、俺のせいじゃないぞ。
だってもしあそこで戦ったら、何百・・いや何千匹の蜂に襲われるか分かったもんじゃ無いんだ。
しかしおかしいな・・・。
どの通路も分岐分岐で完全に迷路みてぇになってたのに黒い個体の入ったこの通路は、枝分かれする事も無く、ただクネクネと一本道が続いている。
これは計算外だった。他の蜂と鉢合わせ・・・いや、間違えた。
イエロービーなら兎も角、ブラックビーと鉢合わせしたらどうすりゃいいんだ。隠れる場所が無い。
もしグランやポルトスが瞬殺出来ない強さだった場合、俺たちは終わりだ。
けど・・・前を行く黒い個体の ブーン という飛行音だけが洞窟内に響き、何故か他の蜂とは出会わない。
百メートルほど進んだが、他の蜂はいないみたいだよな・・・・。
「にゃは〜、行き止まりなのにゃ」
なに?行き止まり?
ならそこに居る幼虫にブラックビーがマジックハニーを運んでるわけだ。
けど俺達が見つけるべきなのは女王の部屋の近くにある幼虫部屋。
この先にある部屋は他の何とも近くない。一本道の最奥だし。
外れだな・・・。
あれが部屋か?一応どんな感じなのか見てみよう・・・。
ふむ、シャルピアの花が咲いていた部屋ほどでは無いが、かなり大きな部屋らしいな。
その中にーーー、あの飛竜に匹敵する程の大きさの魔獣ーーーー。そしてその周囲には無数の小さい卵や幼虫の姿がある。
もしかして、あれがーーー女王蜂か?
あの黒い奴は女王専属なのか?だから他に蜂と会わなかったのかも・・・。
「一旦離れよう」
*****
この辺が女王とシャルピアのある大部屋の中間くらいだよな・・・。小声なら大丈夫か。
「あれって、女王だよな?」
「だな」
「間違いないにゃ」
「まさか女王の部屋にも幼虫がいるとはな・・。しかしありゃなんの幼虫だ?わざわざ女王の部屋で育て、ブラックビーが蜜を届けるってこたぁ、ただの幼虫じゃねぇ。ポルトス、お前ぇなんか知ってーーーって、おい、後ろからなんか来てるぞ!
この匂いは・・ブラックビーだ」
おいおい、マジかよ。
ポルトスとグランがいりゃ前後から挟まれるくらい何とかなるだろうが、問題は女王蜂だ。
こんな場所で闘いになって、手こずりでもしたら、確認に気付かれる。
そしてイエロービー達に囲まれてーーー、くそっ何処かに逃げ道はーーー、
ダメだ、一本道なんだからあるわけ無いだろ。
やるしか・・、間違えた、やってもらうしか無いか・・。
気付かれる危険性があるとは言え、このまま無策で女王の部屋まで行くわけにはいかん。
「グランは前を頼むにゃ。ボクは後ろだにゃ」
「おう、任せろ」
二人もその気みたいだが、本当に大丈夫か?
近くの幼虫部屋を確保しとかなきゃどうなるか・・・。
いや待てよ、そうか・・。
この一本道が繋がってんのはシャルピアのある大部屋と女王の部屋のみ。
なら一番近くか、それに限りなく近いのは、さっきの幼虫部屋だ。
蛹部屋の方が距離は近いが、あそこは通路もそこそこ広くて出入り口も二つあるから、蜂に囲まれる危険性もある。
やっぱりあの幼虫部屋が最短の安全地帯だ。
なら、俺たちはゼノスさんの言っていた、女王の部屋の近くにある幼虫部屋を見つけるって条件を満たしてることになる。
グランもポルトスもそれが分かってるから行動しようとしてーーーって、もう居ないんかぁい!!
道が曲がりくねってるせいで姿は見えないが、あいつら二人なら楽勝だよな・・・。
グランは前方、女王の部屋から出てくるブラックビーに迫るように走り、岩陰に姿を隠した。
数秒後、岩肌の向こう側に、黒く長い触覚が現れる。
それを視界に捉えた瞬間、生まれつき風の加護と火の加護を宿したその体に闘気を纏い、ブラックビーの頭部へ、全力で部分竜化させた不揃いな爪を振り下ろした。
ズパンーーーーッ。
直後、洞窟内に響いたその破裂音と共に、ブラックビーの頭部は消し飛ぶ。
グランは小さく響いた筈の音が何倍もの大きな音に感じて、咄嗟に前後を確認するが、特に変化は見られない。
よかった・・、何とか気付かれずに済んだか・・・。
女王の強い気配を近くで感じ続けるグランは緊張から解放され安堵すると同時、ブラックビーを仕留めた手に違和感を感じ、視線をやる。
すると、グランの右手には見覚えのある、粘り気のある半透明の液体が付着していた。
これは・・・
マジックハニーか?
けど、なんか少し違うような・・。
先ほどまで食べていたマジックハニーよりも色の濃いそれに違和感を感じ、グランは恐る恐る舌に乗せる。
ーーーうまい。
幼虫や蛹に付いてたのより何倍も濃い。
色も味も違う蜜か・・。
ゴールド・・・ハニー?
鑑定によってその名を知ったグランは目を閉じ、更にゴールドハニーという言葉自体を脳内で鑑定する。
ゴールドハニー=イエロービーの上位種、ブラックビーが作り出す、魔花・シャルピアからのみ抽出可能な甘い蜜。
マジックハニーよりも更に栄養価が高く、高濃度のマナが含まれる。
その鑑定結果を得たグランは、ある思惑を描き考え込むが、そんな中、自らの肩に何かが乗ったような違和感を感じ、咄嗟に視線をそこへ送る。
グランの肩を抑えつける、黒々とした脚。
その尻先に光る、太く鋭い毒針。
ブラックビーは体をくの字に曲げ、それをグランの背中目掛けて撃ち出した。
「ーーっうっおおおおおぉ!!危ねええええええぇぇぇーーー!!」
あっ、やべぇ・・声が・・。
間一髪、闘気を纏い、力任せに体を捻って転がることでブラックビーの脚を振り解き、毒針を回避するグラン。
狙いを外して地面に深く突き刺さった毒針が抜けると、シュウウウゥと音を上げ、毒液が掛かった箇所から煙が上がり、地面に空いた穴はドロドロに溶けて液状化していた。
その光景を見たグランは、声を出してしまった後悔を忘れ、ムシュガの毒牙が刺さった魔狒々の姿を思い出して自らの油断を呪い、ブラックビーと対峙する。
地面から毒針を抜いたブラックビーは脚を伸ばし、再び鉤爪でグランを抑えつけようと、目前に迫っているが、その鉤爪が体に触れる直前、さっきと同様に闘気を纏った腕を、ガラ空きになっている胸部へ振り抜いたーーー。
竜化した腕はブラックビーの胸部を深く抉り取り、六本ある腕の一本切り落とすーーーが、ブラックビーが此れくらいで死ぬことは無い。
攻撃直後のグランの肩に再び鉤爪を立て、格闘家が相手に膝蹴りを食らわせるような格好で体を折り曲げ、毒針攻撃を繰り出そうとするブラックビー。
だが、これがグランの狙いであった。
殺そうと思えばいつでも殺せるブラックビーをあえて生かした理由。
グランは強力な毒針が発射される直前、ブラックビーの抉れた胸部に食らいついたーーー。
牙が分厚い甲殻を貫通して鈍い音を立てると同時、体を捻って毒牙を躱し、胸から滴る血を吸い上げる。
竜化によって太く変形させた牙は、あっという間にブラックビーの全血を吸い上げ、絶命させてしまった。
咥えていたブラックビーの身体を地面に落としたグランは、再び失念していたことを思い出す。
そうだ、女王はーーーッ。
ーーーん?まだ部屋の中に居んのか?
流石に気づかれてるはずだぞ・・。
グランが女王の様子を岩陰から確認すると、女王は外の様子を伺うように、グランの居る通路と部屋が繋がっている辺りの場所へ移動していた。
やっぱり気づいてんな。
だけど気付いたなら、何で俺を殺しに来ない?
ん?あれってもしかしてーーー。
気になるけど・・・その前に、一応後ろの様子を確認しといた方がいいか。
*******
「グラン、遅かったのにゃ?何かあったのかにゃ?」
「ああ、女王の部屋にもう一匹居た奴と戦ってたんだよ。それより、分かったことと気になることがある」
「分かったこととーーー」
「気になることかにゃ?」
「なんだってんだ?」
「まず分かったことだ。大きな部屋の中には、全員見たと思うけど、確かに女王蜂がいる。
種族は白女王蜂ってのらしい。
あいつは強い。デス・バッドよりは遥かにな。
多分オッさんが目の前に立てば一瞬で殺されるから隠れてろ」
白女王蜂か・・。確かに全身がシャルピアの花みたいに白かったな。
大きさは全長十メートルを優に超えてた。
ガルーさんが勝てないのは俺でも見た瞬間分かったぞ。
「それで?気になることってのは?」
「あいつ、俺が二匹目のブラックビーと戦ってんのに気づいてたんだ。
なのに、部屋の隅に来てこっちの様子を見てるだけで、部屋から出て来る様子がなかった」
「気づかれてんのに襲ってこない?何でだ?」
「おかしいにゃ。女王は好戦的な性格で、眼に入った敵に襲い掛からないはずないのにゃ」
「それなんだけどさ、多分あいつーーーー、デカすぎて部屋から出られないんだ」




