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燠火に炙られたカモ肉が香ばしい匂いを漂わせ始めた。
焼き加減に注意を払いながらソルフィスが少年に訊ねる。
「キミ、この辺りに住んでるの?」
「うん、そこのエント村だよ。僕はコリンって言うんだ」
「わたしはソルフィス。こっちの黒猫はティノ。よろしくね、コリン」
ソルフィスの笑顔に少年もにっこりしてうなずいた。
コリンはさきほどから岩の上から不動の姿勢でこちらを見ている黒猫に話しかけた。
「よろしく、ティノ」
黒猫が微かにうなずいたように見えた。
「ティノは、お姉ちゃんの子分なの?」
コリンがソルフィスに訊ねると、黒猫がカッと目を見開いて叫んだ。
「誰が子分だよっ!」
「ひぇ!?」
コリンは驚いてひっくりかえった。
「俺様はこいつの管理者であり、世話係でもあるのだ」
ティノが得意顔になって言った。
「す、すごい。猫がしゃべった。まさか、ひょっとして君、魔獣?」
「魔獣じゃないよ、失礼な」
「でも、猫が言葉しゃべるなんて聞いたことないよ。魔獣はすごく頭いいから人の言葉をしゃべるっていうけど……」
驚くほど齢を重ねた獣が魔力や知識を身に付け、人と言葉を交わすようになると言われている。そのような神秘的な力を身につけた強大な獣のことを、人は魔獣と呼んでいる。
「ほんとに魔獣じゃないの?」
恐る恐る訊ねるコリンに黒猫はうなずくだけだった。
「コリンは物知りだなぁ」
ソルフィスが肉を刺した串の角度を変えながら言った。
「ティノは元々は人間だったんだ。今はわけあって猫の姿になっちゃってるんだけどね。キミとそう歳も違わない、ちゃんとした人間の子供だよ」
「ふぅーん、猫だけど人間なんだ」
コリンは目を丸くして黒猫をまじまじと見た。それだけの説明であっさりと納得した様子だ。ティノは目を細めて胸を張り、岩の上から威風堂々と少年を見下ろした。
「コリン、おめぇ何歳?」
「ええとね……八歳だよ」指折りながらコリンは答えた。
「うんうん。俺よりずっと年下だな。これからはティノさんと呼ぶんだぞ」
「うん、わかった」
「なに偉そうに。キミだって十三のガキじゃない」
「何だとぉ。そう言うオマエは、七百歳のババアじゃねぇか」
「なっ、な、七百歳じゃない。十五だもん!」
ティノの言葉にソルフィスはびっくりするほど敏感に反応した。
しかしすごいスケールだ。七百歳だなんてたまげたなぁ。天使さまとなるとやっぱり格が違うんだなぁ。コリンはまたも感動してしまった。
「んん~、正確には七百と十五歳か? なんせ、生まれてから七百年以上も経ってるんだ。神懸かったとんでもねえババアとしか言いようがないよな、オマエは」
ソルフィスをからかうように黒猫が笑うのだが、それが災禍の元となった。
「ババアじゃないって言ってるでしょ!?」
ソルフィスが立ち上がって怒りを露わにした。
立ち昇る怒気が湯気をはらんで周囲の空気を歪めんとするほどの剣幕。わなわなと肩を震わせ、ソルフィスの鮮やかな紅い髪が一瞬ざわめいたように見えた。
あっ、しまった。と思ったときにはもう遅い。
「い、言い過ぎた。ソル、お前さんの言うとおりだ。ババアなんかじゃない……です、あっ」
懸命に詫びを入れたつもりだが、まるで効果がない。肢をバタバタさせて黒猫は後ずさる。
ソルフィスは目に涙を湛えながら、長い脚を踏み出して一歩詰め寄った。
はにゃっ、と小さい悲鳴をあげて弾かれるようにティノは跳び上がった。
「ティノさんが悪いよ。お姉ちゃんにきちんと謝らないと。ほらほらっ、早く」
あわててコリンが間に割って入る。
「あああわわ、悪かった。ソルフィス。俺が悪かったよ。ごめん、このとおり……」
ティノは真っ黒の顔を蒼白にして、猫なりの土下座をした。
腹ばいになって脚も尻尾もピンとのばし、顔もぴたりと前肢の間に埋める。
単に石の上で伸びてるだけのようにも見えるが。
それを見てソルフィスがひと言、ぽつりとつぶやいた。
「かわいい……」
「そ、そう。お前はかわいい。かわいいぞ! すごくかわいい! だから、その尖った串、じゃなくて、肉を、ひとまず置こう。あぶないから! すごく」
「お、お姉ちゃん。許してあげて。ケンカはよくないでしょう?」
コリンは持っていたバッグを引っ張ってきて、魔法のような手つきでリンゴを取り出した。
「ほら、うちの庭でとれたリンゴ。おいしいよ。食べよう?」
ソルフィスはこぼれた涙を、尖った串を持っていない方の手でごしごしとこすった。
「うん、かわいいから、許した」
ティノはしばらく土下座の姿勢を命じられた。




