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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
序幕 魔導士志願
4/51

1-03

 少年は息を切らせて、その場所に向かっていた。

 空から彗星(すいせい)のような一筋の光が落ちてきたのだ。それは天啓(てんけい)のようなものとしか思えなかった。この機を逃せば、二度とチャンスは無いような、そんな気がした。

 川べりの雑草を掻き分けて、光の落ちたであろう場所に走る。

 心が逸る。急げ、急げと少年を急き立てていた。


 居た。川辺に佇む女の人が。間違いない、あの人だ。

 いつまでたっても心臓の鼓動(こどう)がおさまらない。やましい気持ちは無いはずなのに、彼女に見つかるまいとする気持ちが胸をかすめた。見つかれば彼女は妖精のようにその場から()き消えてしまうのではないかと、そう思えてならなかった。

 少年は注意深くそろりそろりと歩を進めた。

 岩陰から恐る恐る身を乗り出して彼女の様子を伺った。彼女は上着を脱ぎ、川辺で身を清めているようだった。

 少年は息を()んだ。彼の気配に気付いて、その少女が肩越しに振り向いた。

 すべての邪悪を退けるかのような、彼女の視線がこちらを射抜いたのを見て、少年は痺れたように動けなくなってしまった。


 彼女の燃えるような(くれない)の髪は首の後ろでさっぱりと切られていた。さらけ出した首筋と肩から指先にいたる肌は白く光り輝いていた。

 刷毛(はけ)()いたような、かたちの良い眉の下にルビーのように輝く紅い瞳があった。顔つきは幼い感じがするのに、(りん)とした表情は大人びた(つや)やかさがあった。

 背が高く、華奢(きゃしゃ)だが(ひょう)のように引き締まった体つきをしていた。真っ黒な革のコルセットに丈の短いスカート、太腿(ふともも)を覆うタイツと、全身をすべて黒い装束(しょうぞく)で包んでいたが、膝を覆うほどの丈高(たけだか)いブーツは真っ白で、ことさらに目を()いた。

 その人は、とても神聖で高貴な者であるかのように思えた。


「やぁ!」


 透きとおるような明るい声が響いた。

 少女の穏やかな微笑みが少年の体を再び突き動かした。少年は岩陰から出てきて少女に恐る恐る近づいた。

「お姉ちゃんは、天使なの?」

 少年は緊張に口震わせながら言った。


「ふむ?」

 突拍子(とっぴょうし)もない問いに、ソルフィスは面食らった。

「知ってるんだ、僕」

 少年はソルフィスの瞳を見つめながら言った。

「空の上には神様が作った宮殿があってね、そこにはこの世で見たこともないような、すっごいきれいな天使さまが住んでるんだって。それでね、天使さまは時々地上に降りてきて、困ってる人を救うために手を貸してくれるんだって。母さんが言ってた」

「おいおい……」

 黒猫が呆れたようにうめいている。

「むむむ? 何いってんだキミは」

 首を傾げるソルフィスに、少年はさらに続けて言う。


「母さんの話は本当だったんだ。だってさ、僕、見たんだ。雲の上から光が降りてくるのを。それをずーっと追ってたらね、お姉ちゃんを見つけたんだよ!」

「ん~? 待って。待て待てっ。えーと、あのね、わたしは天使じゃあないよ?」

「そんなの嘘だよ」

 奇妙な少年は引き下がらない。

「ついさっき、空から下界に降りてきたんじゃあないの? 僕ちゃんと見てたんだから。それで、お姉ちゃんは黒い格好してるから……その、黒天使なんでしょ?」

「ぶふぇ」

 黒猫が()き出した。


 もう春だしなぁ。変なのが沸く季節だよな。もう早くこの場を離れようぜ、とソルフィスに視線を送る。

「確かにね、空から降りてきたよ。だけどね、わたしは天使じゃあない。

 これはね、お昼ごはんを食べるために降りてきただけなんだ。決して困ってる人を救うっていう、その……キミのいう天使さまじゃあないんだよ?」

 人差し指を立てて、真剣な顔つきで説明するソルフィス。


 ほらっ、と羽根を(むし)られて裸になったカモを突き出した。

「それ、お空で捕まえたの?」

「う、うん」

 ソルフィスはぎこちなくうなずいた。

「すげえや、お姉ちゃん! 本当に空を飛んでたんだね。やっぱり天使さまだね!」

 少年が瞳を輝かせる。どうも、この不思議な眼力から逃れられそうにない。

「お、おぅ。少年、キミも食うかい?」

「うん!」

「マジかよ」

 ティノは顔をおさえてため息をついた。


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