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少年は息を切らせて、その場所に向かっていた。
空から彗星のような一筋の光が落ちてきたのだ。それは天啓のようなものとしか思えなかった。この機を逃せば、二度とチャンスは無いような、そんな気がした。
川べりの雑草を掻き分けて、光の落ちたであろう場所に走る。
心が逸る。急げ、急げと少年を急き立てていた。
居た。川辺に佇む女の人が。間違いない、あの人だ。
いつまでたっても心臓の鼓動がおさまらない。やましい気持ちは無いはずなのに、彼女に見つかるまいとする気持ちが胸をかすめた。見つかれば彼女は妖精のようにその場から掻き消えてしまうのではないかと、そう思えてならなかった。
少年は注意深くそろりそろりと歩を進めた。
岩陰から恐る恐る身を乗り出して彼女の様子を伺った。彼女は上着を脱ぎ、川辺で身を清めているようだった。
少年は息を呑んだ。彼の気配に気付いて、その少女が肩越しに振り向いた。
すべての邪悪を退けるかのような、彼女の視線がこちらを射抜いたのを見て、少年は痺れたように動けなくなってしまった。
彼女の燃えるような紅の髪は首の後ろでさっぱりと切られていた。さらけ出した首筋と肩から指先にいたる肌は白く光り輝いていた。
刷毛で剥いたような、かたちの良い眉の下にルビーのように輝く紅い瞳があった。顔つきは幼い感じがするのに、凛とした表情は大人びた艶やかさがあった。
背が高く、華奢だが豹のように引き締まった体つきをしていた。真っ黒な革のコルセットに丈の短いスカート、太腿を覆うタイツと、全身をすべて黒い装束で包んでいたが、膝を覆うほどの丈高いブーツは真っ白で、ことさらに目を惹いた。
その人は、とても神聖で高貴な者であるかのように思えた。
「やぁ!」
透きとおるような明るい声が響いた。
少女の穏やかな微笑みが少年の体を再び突き動かした。少年は岩陰から出てきて少女に恐る恐る近づいた。
「お姉ちゃんは、天使なの?」
少年は緊張に口震わせながら言った。
「ふむ?」
突拍子もない問いに、ソルフィスは面食らった。
「知ってるんだ、僕」
少年はソルフィスの瞳を見つめながら言った。
「空の上には神様が作った宮殿があってね、そこにはこの世で見たこともないような、すっごいきれいな天使さまが住んでるんだって。それでね、天使さまは時々地上に降りてきて、困ってる人を救うために手を貸してくれるんだって。母さんが言ってた」
「おいおい……」
黒猫が呆れたようにうめいている。
「むむむ? 何いってんだキミは」
首を傾げるソルフィスに、少年はさらに続けて言う。
「母さんの話は本当だったんだ。だってさ、僕、見たんだ。雲の上から光が降りてくるのを。それをずーっと追ってたらね、お姉ちゃんを見つけたんだよ!」
「ん~? 待って。待て待てっ。えーと、あのね、わたしは天使じゃあないよ?」
「そんなの嘘だよ」
奇妙な少年は引き下がらない。
「ついさっき、空から下界に降りてきたんじゃあないの? 僕ちゃんと見てたんだから。それで、お姉ちゃんは黒い格好してるから……その、黒天使なんでしょ?」
「ぶふぇ」
黒猫が噴き出した。
もう春だしなぁ。変なのが沸く季節だよな。もう早くこの場を離れようぜ、とソルフィスに視線を送る。
「確かにね、空から降りてきたよ。だけどね、わたしは天使じゃあない。
これはね、お昼ごはんを食べるために降りてきただけなんだ。決して困ってる人を救うっていう、その……キミのいう天使さまじゃあないんだよ?」
人差し指を立てて、真剣な顔つきで説明するソルフィス。
ほらっ、と羽根を毟られて裸になったカモを突き出した。
「それ、お空で捕まえたの?」
「う、うん」
ソルフィスはぎこちなくうなずいた。
「すげえや、お姉ちゃん! 本当に空を飛んでたんだね。やっぱり天使さまだね!」
少年が瞳を輝かせる。どうも、この不思議な眼力から逃れられそうにない。
「お、おぅ。少年、キミも食うかい?」
「うん!」
「マジかよ」
ティノは顔をおさえてため息をついた。




