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「むー、うにゃー。……ハッ」
次に目を開けたとき、黒猫は大きな丸石の上で大の字になって寝そべっていた。まるで日干しにされたタコのようだ。
辺りを見回すと、どうやらここは先ほどまで上空から眺めていた川のほとりのようだった。
傍らでは捕らえた獲物の解体作業にいそしむゴキゲンな少女の姿があった。
「あのー、ソルフィスさん?」
ソルフィスは笑顔で振り返った。
「おっ、ティノくん、気が付いたか。見たまえ、お昼はカモ肉であるぞ」
誇らしげに仕留めた獲物を掲げるソルフィスだが、ティノが話題にしたいのはそんなことではない。
「おまえなー、ああいう動きをするときはなー、事前に言え! 心の準備させろ! オレをコロス気か! バカ! ああもう、恐ろしきバカ!」
ジタバタしてわめく黒猫に、ソルフィスはきょとんとした顔で唇をとんがらせた。
「なんだ、ティノ。情けない。キミは軟弱だな。そんな無様な体たらくでは、このわたしの相棒は務まらないぞ!」
そう言って、ビシィと人差し指を突きつける。
「あー、こら、指さすな……。ハイハイ。慣れるよう努力はするけどさ、事前にひと言願いたいもんだね」
「努力しよう。だけど、もしキミが気絶して振り落とされそうになったら、事前にそう言ってくれれば拾ってあげるよ」
したり顔のソルフィスにティノは心の中で悪態をついた。
「ハイハイ、わかった。ワカリマシタ。もうそちらの作業に戻って結構でございますよ」
「ハイは一回でよろしい」
「ハイハイ」
ナイフで腹を割かれたカモは内臓をきれいに取り除かれた。
カモの翼を掴んで豪快に振り回し、体内に残っていた血を抜く。こうして肉に臭みが残らないようにするのだ。
ソルフィスの手馴れた解体作業を眺めながらティノはぼんやりと先ほどの光景を思い起こしていた。
彼女は急降下して渡り鳥の群れに飛び込み、すれ違いざまに一羽を手刀で叩き落とした。というところまでは覚えている。恐ろしく正確に首筋を狙った見事なチョップは、一撃で獲物を絶命させただろう。そのあとで落下する獲物を空中で回収したのだ。
まったく猛禽類の狩りのような動きだ。つまり、それだけ彗を器用に乗りこなせるわけだ。飛翔術のことはさっぱりわからないが、彼女の腕の良さが凄いということだけはわかる。
鮮やかな仕事ぶりが脳裏に再現されると、ティノは素直に感心してため息を漏らした。
そして今、ソルフィスは石に腰掛けて獲物の羽根をむしっている。ほんとに狩人みたいだ。
「器用なもんだなぁー」
「ふひひ、父様に教わったんだよ。たぶんね」
「お父さんと狩りによく行ったの?」
ティノの問いにソルフィスは少し反応して作業の手を止めた。
「うん、父様が狩りが好きで、わたしもついて行って、たぶんそこで色々教わったのかなぁ……と思う。父様のこと、顔もよく思い出せないんだけどね」
そう言ってソルフィスはまた羽根を毟りはじめた。
ああ、そうだった、とティノは思い出した。
ソルフィスは自分の過去のことを覚えていない。記憶を失っているのだ。過去のすべてを、というわけではないが少なくとも両親のことはほとんど思い出せないようだ。
彼女の記憶喪失には、ティノ自身も含めて色々と込み入った事情があるのだが……。
ティノは少しだけ気まずくなった。
「ごめん、変なこと聞いちまった」
「ううん、別にいいよ」
ソルフィスは事もなげに笑っている。「それに、これは体の方が覚えてるみたいだし」
そう言って得意気げに毟った羽根を振ってみせるのだった。
数ヶ月前、ティノが初めてソルフィスと出会ったとき、彼女は今より暗い顔をしていた。
ティノと同じ魔導学院に入門することになったソルフィスは、魔導士への道を目指す修練生として生活することになった。それが彼女にとって新たな人生の始まりといってよい。
そのときからティノはソルフィスの相棒として、いつもそばにいるようになった。
ティノは彼女と一緒に勉強し、語らい、魔術の訓練に付き添った。歳はソルフィスの方が上だが、ティノは彼女の先輩であり、友達であり、必要であれば父親のように振舞った。
夢中で作業に没頭するソルフィスをティノは穏やかに見守っている。
「待っててねー、もうすぐおいしいの食べさせてあげるからね!」
「うんうん。ソル、脚を閉じなさい」
「むむ……」
ソルフィスは再び唇をとんがらせた。




