1-05
森の中で出会った少年コリンは、当初はひどく奇妙な感じに思えたが、話を進めていくと何のことはない、好奇心旺盛な普通の少年だった。そして彼は自分と同じ世代の、子どもの魔導士に興味津々のようだ。ソルフィスの神秘的な雰囲気と黒猫との奇妙な取り合わせが、さらに彼女を特別な存在に思わせるのかもしれない。
ソルフィスが肉を切り分けている間、コリンは黒猫ティノに質問しっぱなしだった。
「魔術の練習をしてたの?」
「うん。というか、オメーも〝魔導士〟くらいは知ってんだろ。森の中で魔導士に遭ったら一目散に逃げろとか、どうしろだとか、お母さんに教わらなかったのかよ」
「魔導士さまは僕の村にも居るよ。魔術を使って悪い魔獣をやっつけて、村を守ってくれる凄い人たちだよ。魔導士さまに悪い人はいないよ」
「甘いな。そんなこと言ってると、よそから来たワルイ魔導士に魔術の実験台として攫われちゃうんだぜ?」
「そんときは、この脚で逃げるよ。僕、脚は速いんだ」
「呆れたヤツ。俺たちだからよかったものの、こんな森はどこでも物騒なんだからな」
ソルフィスが串に刺した肉をコリンに手渡した。
礼をいってそれを受け取ると、コリンはさっそくかぶりついた。
「んまい!」
「おいしいね」
「にゃにゃっ、アツイ!」
熱く焼けて香ばしいカモ肉は塩と胡椒が効いていて最高に美味かった。
ティノはナイフで小さめに切り分けてもらったカモ肉を猫舌に気をつけながら慎重そうに噛み付いている。
「お姉ちゃんたちも近くに住んでるの?」
「んー、近くといえば、近くなんだけど」
「俺たちはアゼル魔導学院から来たんだ。この地方の魔導士はほとんどそこ出身さ。お前んとこの村を守ってる魔導士だって、うちから派遣されたプロなんだぜ」
「知ってる! 山をいくつか越えたところだよね。遠いところから来たんだね」
アゼル魔導学院といえば旧王朝時代以前から歴史のある名の知れた由緒正しき魔導士組織だ。現在のこの地方(アゼル地方)の名は、この魔導学院から取られている。その有名ぶりは国内はおろか、近隣諸国にも知れ渡るところだ。
アゼル地方はもともと魔術の歴史がとても古くから根付いており、同じ地域に住む一般の民衆にとっても魔導士は身近で親しみ慣れた存在といってよい。
「じゃあ、お姉ちゃんたちは、ちゃんとした魔導士なんだね」
「正確には、修練生なんだけどね。こいつも、俺も、まだ修行中の身さ」
「すごいなぁ」
コリンは憧憬の目でソルフィスを見つめた。
魔導士、といわれても、彼の頭の中でのソルフィスは相変わらず天使のようであった。
その天使は肉を頬張る作業に余念がない。林檎を丁寧に切ってコリンが勧めると、天使の顔がぱぁっと明るくなった。
少々楽しくなってきたのか、ティノは勝手に話を続けた。
「毎日毎日、魔術の練習をしてるんだ。こいつは空を飛ぶ〝飛翔術〟なんてワザが使えるから、こうやって各地を飛び回って訓練してるんだ。俺はその付き添いってわけ。まったく、今日は休日だってのにさ……」
「なにいってんのティノ、いつも喜んでついてくるクセに」
「やっぱ楽しいからなー」
「……飛翔術ってなに?」
「お前も見たろ、コイツの空飛ぶ魔法ってやつさ。俺もソルと出会うまで知らなかったんだけど、とても便利で珍しい術だよ」
「飛翔術ってそんなに珍しいの?」
それまで黙々と食べるばかりのソルフィスが初めて反応した。
「お前それ、珍しいもなにも、古代の神秘魔術ってやつのひとつだよ。失われた遺産とかいわれてるやつ。たしか院長先生が言ってたろ……」
「ほぇ~」
「ほぇ~って……、ソルはもうちっと自分のことに関心もったほうがいいぞ」
「ふむむ……、それって結構スゴイの?」
ソルフィスは少し驚いたふうに黒猫を見つめながら話の続きを促している。でも、手に持った肉と林檎の方も気になるようだ。聞くか食べるかどっちかにしろと言いたい。一方ではコリンがせがむように見つめてくる。ティノは仕方ないなぁと姿勢を崩した。
「飛翔術の歴史はすごく古いよ。二千年以上の大昔だっけかな……。俺もよく知らんけど。
このあたりはさ、すっげえ昔から大きな魔法文明があったんだ。んで、その時代のとある術師が〝浮遊魔術〟ってのを編み出したのよ。それが飛翔術のはじまりっぽい」
「ティノ、くわしいね」
「うろおぼえ」
黒猫は上を向いて思い出しながら話しはじめた。
「浮遊魔術は、単に地面から宙に浮いたり、モノを浮かせたりするだけのワザだ。これまでの魔術と何が違うかっていうと、風の力や念動力といった力技で浮かせるわけじゃないってことだ。なにか違う異質な系統の革新的な魔術だったそうだ。だから当時から大魔道に分類される優れたワザとされていたらしい。
それから後の王朝時代になって飛ぶことに特化して発展した術が、飛翔術ってわけだ」
「ほぇ~」
熱っぽくうん蓄を語るティノにソルフィスは適当に相づちをうって付き合うが、コリンは目を輝かせて耳を傾けている。聞き手が居れば語り手にも力がこもる。
「最初のうちは身体ひとつで飛んでたらしいけど、難しくて危なっかしくて廃れていったんだと。そのうちなんやかんやあって、空飛ぶ何かの道具に乗れば楽に飛べるんじゃないかって考えが生まれた。この発想がとても画期的で、そうして生まれたのがソルが使ってるような飛翔術なんだそうだ」
「モノに乗るってどういうこと?」
「これこれ。コレに乗って飛ぶんだよ」
ソルフィスは岩に立て掛けてあった飛翔彗を手に取った。
「すごい! 触ってもいい?」
どうぞ、とソルフィスは彗を手渡した。
飛翔彗は奇妙な形をしていた。
幹の部分は硬い木で出来ており、握りやすくするための意匠なのか、独特の曲線を描いている。後部の細い鞍には白地に金の装飾が施されており、その下にはたくさんの鳥の羽根が意味ありげな配列で綺麗に挿し込まれていた。ソルフィスが言うには、不死鳥の尾羽と風切り羽で出来ているそうだ。
全体を眺めると、飛翔彗はとても大きな羽根ペンのようにも見える。
話によると、この彗は、夜空を流れる「彗星」を模されてデザインされたものらしい。そして〝フレイア〟という名前は、飛翔彗そのもののことを意味するのだそうだ。
「綺麗だなぁ」
コリンはしげしげとその彗を眺めた。
匠の手掛けた繊細な工芸品のように思える。世界に一挺しか存在しない、ソルフィスだけの空飛ぶ彗だった。
「変な道具だろ? こんなのに乗って空を飛ぶってのが、もう発想の時点でブッ飛んでる。最初にコレ考えた奴は、どう考えてもオカシイ」
「ティノ……、ひょっとしてわたしのことバカにしてる?」
「ううん、俺は誉めてるのよ? こんな発想は簡単に思いつくもんじゃないよ。フレイアはこのへんの魔術文化だけど、もっと東方にいくとまたこれが違うんだってさ。同じような飛翔術でも、絨毯に乗るとか、雲に乗るって話もある。ちょっと信じられないよなぁ」
コリンはティノの話を聞きながら、見たこともない世界に思いを馳せているようだ。
「でも飛翔術は結局のところ修得が難しくて、使い手が少なかったらしい。んで、前王朝時代にあった戦乱で使い手が失われてしまい、伝承が途絶えてしまったんだってさ」
「はぁー、勉強になりました」
黒猫先生の講釈にコリンとならんでソルフィスまでぺこりと頭をさげた。
誉めてほめてと言わんばかりに黒猫は胸をそらしすぎて、後ろにボテッとコケた。
「そんなスゴイ魔術を使えるなんて、やっぱりお姉ちゃんは只者じゃあないね」
「やー、そ、そんなことは……」
しどろもどろになるソルフィスに、コリンはうやうやしい手つきで彗を返した。
次にコリンは黒猫ティノに目を向ける。
「ティノさんの、その猫の姿も魔術なの?」
「にゃに!?」
コリンの問いかけに今度はティノが戸惑った。
「ああー、うん……、そう。これも魔術だ、魔術」
「それ、ごはん食べるの大変じゃない? 元の姿には戻らないの?」
「うぅーん、これはだな……ちと理由ありなんだ。今はちょっと、元に戻れないんだよ」
「戻れないの!?」
「そう、あれだ。呪いだ、呪い。呪いのせいで元に戻れないんだよ」
黒猫の目が泳いだ。
「呪い!? なにそれ、怖い! どんな呪い? ティノさん大丈夫なの?」
言ってしまってから、しまったなぁ。と、ティノは思った。
キラキラした瞳でガンガン食いついてくるコリンにはちょっと困ってしまう。
「どんな呪いかって……。うーん、まいったなぁ。これ話すとまた長くなるんだよ。
というか、なあソル、こいつにアレ話してやってもいい?」
「む?」
急に水を向けられてソルフィスはしばしきょとんとしていたが、
「またあのお話?」
ちょっと顔を曇らせた。しかしコリンがせがむように見つめてくるので、ソルフィスはしょうがないなぁ、と口をとんがらせた。
「…………。いいよ、べつに減るもんじゃないし」
「それじゃあ、ソルフィスさんのお許しが出たから話すけど、本当に聞きたいか?」
「うん、うん!」
コリンは姿勢を正した。
「じゃあ少し昔語りといくかいな」
ティノはコリンのすぐ向かいの、据わりの良さそうな丸石にぴょんと跳び乗った。
「俺がこんな姿になっちまったのは、〝竜の呪い〟のせいなんだよ」
「りゅうののろい?」
「そう、竜の呪い。今から話すのは、古くから伝わる竜の物語だ」
ティノの語りはたちまち数百年前の過去の世界へと飛んだ。




