08
三月の初めに、卒業式があった。
出は相も変わらず可愛い。式の最中、出はずっと寝ていた。頭をカクカクさせながら。その様子を思い出しては、口元が緩むのを感じる。
ホワイトデーまで二週間を切った。出の為に、外見を変えて様々な努力をしてみようと思う。俺は元々、頭が良い方だった。中学の時は学年主席だったしな。運動もできた。仕事も、でき…あ、俺、何をすればいいのだろうか。出が初恋な俺はどうやって出に振り向いてもらうかがわからない。ナンパも女の方からだから、口説き方もわからない。百合沢に相談した所で、アイツはアホだからズレた事を言うのはわかりきっている。
「あの!」
渡り廊下を、悶々とした気持ちで歩いていると、声を掛けられた。声は高めのソプラノ。間違いなく女の声だ。
鬱陶しく感じならも愛想よく振り返れば、一般的に可愛らしいという表現をそのままに表した女がそこに立っていた。
「何か」
「わ、私…し、篠田君、の事、ずっと好きでした!」
大きな目にいっぱい涙を溜めて、顔を赤らめて見てくる女に、吐き気がした。
「悪いけど、俺好きな子居るから」
「…え…、そ、そんな、に、可愛いの?」
「俺にとっては世界で一番可愛い。アンタにそれをわかってもらおうとは思わないけど、俺の事は諦めて」
「………わ、私…!本当に、篠田君の事が好きなの!」
性懲りもなく想いを告げてくる女の後ろに、もう一人女を見つけた。知らない女だったが、小学校の時の事がフラッシュバックする。
「ごめん。アンタとは付き合えない」
気持ち悪い。
「どうして!?私、篠田君と釣り合えるように頑張って努力したんだよ!!どうしてダメなの!?私の何がいけないの!!!」
頭が痛い。
「アンタが俺に恋してるように、俺も恋してんだよ」
「!!?」
「アンタが俺に好かれる為に努力したように、俺だってアイツに好かれたいから努力してんだ。自分の想いが必ず実るなんて思うな」
本当は怒鳴りつけてやりたかったが、これがもし出なら、出なら怖がるだろう。出は、大きな声が怖いらしい。過去に何があったのかは今、調査中だが、妹があの入だ。何があったのかは想像できる。
「篠田君の好きな子って誰?」
「言わない」
「なんで、」
「ホワイトデー。俺、その日にその子に告白するからそん時にわかるよ」
止めていた足を動かして、その場から立ち去る。後ろから女の啜り泣きが聞こえたが気付かない事にした。
いつもの空き教室に着くと、カバンから指輪のカタログを取り出す。
ホワイトデーのプレゼント選びだ。
「篠田さーん!七倉さんに振られたッス!!」
勢いよくドアを開けて入ってきた百合沢は泣いていた。なんだ、今日は告白ラッシュでも起きてんのか?そう思えるほど、今日は告白が多かった。ここまで来るのに最初のと合わせても10人ぐらい居た。その中のほとんどが、卒業生だった。
「俺、本気だったんスよー!!おいおいおいおいおいおーい!」
「お前芸人目指せるぞー。その泣き方なんだか面白い」
「なんなんスか!自分はモテるからって!人の泣き方にまで茶々入れしないでくださいッス!!」
「荒れてんなー」
メソメソ泣く百合沢を尻目に、カタログを開く。出にはどれが似合うだろうか。出には煌びやかな感じの指輪は似合わないからなるべく可愛いのがいいな。シンプルなのでもいいな。お揃いで付けて、なんか、婚約指輪っぽいな…。いや、結局最終的には結婚するから婚約指輪でもいいな。
「篠田さん、何見てるんスか?」
「ホワイトデーのカタログ」
「ブランドの指輪のカタログはホワイトデーのカタログとは言わないッス!」
「嘘だよ」
「じゃあなんのカタログッスか」
「婚約指輪」
「重いッスね」
百合沢の見た目も中身もふわふわな頭に手を置き、力を込める。
「いただだだだだ!!!!」
痛がる百合沢に制裁を食らわしてた時に、教室に木村が入ってきた。
「篠田さん、お呼びです」
「は?」
カタログを床に置き、百合沢の頭から手を放した。教室から出ると、女が一人。
あぁ、またか。と溜息を吐きたくなるのを必死に抑えて、笑いを堪えている、木村と百合沢にヘッドロックとアイアンクローを掛けて女を適当に人気のない廊下に連れて行く。
「用ってのは?」
「あ、あの、篠田君に好きな子が居るって聞いて、それで私居てもたっても居られなくて!私、ずっと」
女が面倒くさくなる瞬間ってこういう時だろう。でも、たまに、そのまっすぐさが羨ましく思える時がある。それは自分が捻くれているからなんだろう。
「好きでした」
「悪いけど、」
告白されるのは、あまり好きではない。
あの時のトラウマが今でも俺を苦しめている。あの正義心が今も気持ち悪い。こっちの気持ちなんて関係なくて、努力を認めてそいつを好きになれだなんておこがましいにもほどがある。
「俺、好きな子居るから」
だから、余計に出に惹かれているのだろう。出はきっと綺麗事は言わない。言える程器用な人間だとは思っていない。出は不器用だ。友達の居ない出は、周りとどう接していいのかわからず、いつも陰で落ち込んでいる。そんな所を見た事があった。だから、出がもう寂しくないようにっていうのは建前で、出が断れないのをわかっていて俺は、出に告白する。