第9話
セラーナは玉座に腰を下ろしたまま、五人の魔族を見下ろしていた。
ヴェルドラントが顔を上げ、一礼した。
「魔王様。何なりとお申し付けください。我らは貴方の剣となり、盾となり、貴方の――」
セラーナは小さく手を上げて制した。
声は優しかったが、わずかに震えていた。
「……まずは、ここがどこなのか教えてほしいの」
ヴェルドラントが即座に応える。
「ここは魔王城、魔界の最奥にございます。魔王様が転移された港からは、馬車でも半年近くかかる距離でございます」
セラーナの目がわずかに大きく見開かれた。
――そんな遠くに、一瞬で。
「それで……魔王軍は今、どれくらい残っているの?」
ガルガンドが、苦々しく答えた。
巨躯をわずかに前屈ませ、拳を握りしめている。
「……勇者による壊滅的な打撃を受け、ゼクスを除けば上級指揮官は五十名ほど。全体戦力は……約十万となっております」
エリークスが補足した。
「ガルガンド、あなたの責任ではありません。こうして魔王様がお戻りになられた。再編は可能です」
ガルガンドがエリークスをちらりと見て呟く。
「エリークス……」
セラーナは視線を巡らせ、周囲を見回した。
沈黙が、かえって重い。
「この辺り一帯は、魔王城以外何もないの?」
リオがいたずらっぽく笑って答えた。
「小国を含めなければ、現時点で九カ国存在しています。遊牧国家、砂漠交易国家、山岳国などは魔王傘下ですが……」
ライアンが続けた。
声は落ち着いているが、どこか悔しさが滲む。
「一部は人間に占領され、人間王国となってしまった国もございます」
その言葉に、ガルガンドが一歩進み出た。
「魔王様! どうか我らに力を貸してください! 占領された国を取り返させてください! 魔族の誇りを、新しい血で塗り替えてみせましょう!」
他の五人も、わずかに肩を震わせた。
瞳の奥に、狂喜にも似た光が宿る。
セラーナは身を固くした。
(取り返す……? 血で?)
胸の奥で、先代の記憶がざわめく。
倒し、奪い、支配する――それが「新しい世界」への道だと信じた狂気。
彼女は視線を据えてヴェルドラントを見た。
ヴェルドラントはわずかに視線を鋭くし、短く首を傾げた。
「御意に」
ゼクス全員が、再び頭を下げた。
セラーナはただ、状況を知りたい。
それだけだった。
「……ひとまず、ここから一番近い生活圏を見てみたいわ」
ゼクス全員が、声を揃えた。
「はっ!」
リオが立ち上がり、明るく笑った。
銀色の短髪が揺れる。
「でしたら、俺に任せてください。すぐに行けますよ、魔王様」
セラーナは玉座から体を起こし、落ち着いた口調で言った。
「リオ……前に」
リオが即座に一歩進み出て、膝をついた。
セラーナは階段を降り、リオの前に立つ。
「リオ、手を」
リオは素直に両手を前に差し出した。
セラーナは優しく目元を細め、続けた。
「周りを見渡せる、高い場所に連れて行ってくれる?」
「畏まりました、魔王様」
リオが無邪気に笑い、差し出した手をセラーナがそっと握った。
――瞬間、世界がねじれた。
視界が歪み、音が遠のき、体がふわりと浮くような感覚に包まれる。
あの転移の感覚が再び訪れた。
魔素の濃密な流れが肌を撫で、肺の奥まで染み込んでいく。




