第8話
その言葉は、ただの願いでは終わらなかった。
魔王の魂は因果の法則に従い、次の依り代を必ず見出す。
セラーナ・アルカディア。
彼女は生まれる前から、因果によって選ばれていた。
次代の魔王の器として、魂の繋がりが結ばれていた。
聖国エリュシオンの結界は魔素を極端に薄くし、魂の固着は不完全になった。
セラーナの体は魔素を取り込みきれず、魔王の力――特に「魔族に魔力を与える」能力は封じられたままだった。
誰かを救うことも、誰かを強くすることもできなかった。
だからこそ、彼女は「無能」と呼ばれた。
記憶の奔流が止んだとき、セラーナの体は小刻みに震えていた。
胸が焼けるように熱い。
レヴァンティンの狂気、血の匂い、戦場の咆哮、すべてが自分のものになった気がした。
(……あなたは、力だけを信じていたのね。倒すこと、奪うことだけが、世界を変える道だと……。でも私は……)
セラーナはまぶたを震わせて目を開けた。
玉座の間は水を打ったように沈黙し、五人の魔族が息を殺して見上げている。
彼女は無言の間を置いて口を開いた。
「……私は、新しい世界を見てみたい」
声は小さく、穏やかで、どこか優しく、遠くを見つめるような響きだった。
ただそれだけ。
明確な命令でも、野望でもない。
ただの、願い。
だが――ゼクスたちの肩が、はっきりと震えた。
ヴェルドラントが顔を上げ、瞳に冷たい光を宿した。
(……また、あの言葉を)
先代魔王が、戦争の始まりに放ったのと同じ言葉。
「すべてを力で塗り替える」という、血塗られた宣言だった。
彼らは再び頭を垂れた。
だが、その背中には、狂喜と、狂気の覚悟が宿っていた。
魔王が還ってきた。
あの征服を、再び成し遂げる魔王が。
セラーナはそれに気づかないまま、固く拳を握りしめた。
(力で奪う世界じゃない。誰も傷つけず、誰も奴隷にせず、人間と魔族が共に生きられる世界を……)
胸の奥で、固く誓った。
この力は、復讐のためでも、征服のためでもない。
自分が、初めて抱いた願いのために。
互いに理解し、寄り添える世界を――見るために。
玉座の間で、魔素が濃密に渦巻き始めた。
新しい魔王の時代が、今、始まろうとしていた。
しかし、その時代が、先代と同じ血の道を辿るのか、それとも全く違う道を切り開くのか――まだ、誰も知らない。




