第10話
次の瞬間、二人はすでに高見台に立っていた。
薄暗い空の下、遠くに弱い光が差している。
眼下に広がるのは、果てしない砂漠と鋭く切り立つ山脈。
その谷間に、黒い岩肌を削り出した巨大な要塞――魔王城が、孤高に鎮座していた。
聖国の白大理石と水晶で飾られた宮殿とは正反対の、荒々しくも圧倒的な力強さ。
セラーナは感嘆の息を漏らした。
胸の奥に、畏怖と、どこか解放されたような熱いものが込み上げてきた。
(ここが……私の、新しい世界)
リオはセラーナの横に立ち、少し遠い目をして控えめに口角をほころばせた。
「ずっとずっと前の魔王様がこの場所を選び、先代魔王様が死ぬまで守り抜いてきた世界です」
セラーナはリオの横顔を見て、小さく尋ねた。
「先代魔王は……良い方だった?」
「……とても強くて。温かかったです」
「……そう」
少し間を置いて、彼女は決意を込めて言った。
「一度戻って指揮を執るわ。まずは体制を整えないと」
「はっ!」
リオが元気よく答え、セラーナは再びその手を取った。
世界がねじれ、闇に飲み込まれ――次の瞬間、二人は玉座の間に戻っていた。
足元が冷たい石に変わった瞬間、残りの四人は熱心に話し合っていたようだったが、セラーナの姿を認めると即座に膝をついた。
リオもセラーナからそっと離れ、列に加わって頭を垂れる。
セラーナは階段を上り、玉座に腰を下ろした。
一度、息を吸って吐く。
「……面を上げなさい」
五人が顔を上げた。
その瞳には、期待と、溢れ出る熱が宿っていた。
セラーナは続けた。
「私はまだ、この世界のことを何も知らないのだと痛感したわ。現状を正確に判断したい。先ほども伝えた通り、この目で周辺諸国の現状を見て回りたいと思います。その間、皆さんにやってもらいたいことがあります」
ヴェルドラントが一歩進み出て、頭を下げた。
「魔王様のお言葉、謹んで」
セラーナはまず、リオを見て柔らかく顔を緩めた。
「リオ、あなたは私と共に近隣の国へ向かいます」
リオの目がきらりと輝き、無邪気な笑みが浮かんだ。
「畏まりました、魔王様」
「次に、ライアン。物資の正確な情報をまとめてください。残存兵站、武器、魔石の数を優先して。近隣諸国との交易状況も含めて」
ライアンは力強く応えた。
「はっ! すぐにでも」
「ガルガンド。本隊の訓練状況を細かくまとめてください。どんな小さなことでもいいわ。勇者に抑えられた理由が、そこにあるかもしれません。上級指揮官たちも交えて、部隊の再編成も始めて」
ガルガンドは巨躯をわずかに震わせた。
「魔王様……畏まりました。必ずや、誇りを取戻してみせます」
「エリークス。皆から集められた情報をまとめて、問題点があれば修正案を添えて、私の下へ」
エリークスは瞳を輝かせ、眼鏡を軽く押し上げた。
「必ずやご期待に応えられるよう、尽力いたします」
最後に、セラーナはヴェルドラントを見据えた。
「ヴェルドラント。あなたは、捉えられている魔族たちや、隠れている者たちに私の声を届けてください。私がこの世界を変えてみせます、と」
ヴェルドラントの視線がはっきりと揺れた。
「魔王様……先代様も、そうおっしゃっておりました。全ての魔族は、今も同じ想いで、貴方をお待ちしております」
セラーナは唇をほころばせた。
「私は、先代とは違う道を選ぶかもしれない。でも、私も学びながら進むわ。共に、この世界を作り替えましょう」
玉座の間は、しばらく深い沈黙に包まれた。
五人の魔族たちの肩が、わずかに震えていた。
それは、先代の再来への狂喜か、違う道への戸惑いか、それとも――新しい魔王への、忠誠の始まりか。
魔素の濃密な空気が、徐々に渦を巻き始めた。
新しい時代が、無音で、しかし確実に動き出そうとしていた。




