第11話
かつて「黒岩の前哨」と呼ばれた国は、今やただの村だった。
魔王城から最も近いこの地は、かつて魔王軍の前線基地として栄え、堅牢な石壁と無数の砲台が人間軍を阻んでいた。
だが、勇者による最終決戦の余波で壊滅し、壁は崩れ、砲台は土に埋まり、生き残った魔族たちはわずかな畑と廃墟の中で細々と息を繋いでいるだけだった。
それでも人間軍は去らなかった。
聖国エリュシオンと同盟を結んだヴェルディア王国の軍が、「勝利の監視」と称して駐留を続け、日に日に魔族への締め付けを強めていた。
税と称した収奪、理由のない鞭打ち、そして――「処理」。
その日も、埃と血の匂いが混じった風が吹き抜けていた。
一人の魔族の少年が、必死に走っていた。
両手に重い鉄の枷をはめられ、足首には鉛の重しが巻かれている。
それでも少年は歯を食いしばり、足を引きずりながら石畳の道を駆けていた。
片方の小さな角が、根元からきれいに切除されていた。
血と泥にまみれた傷跡は、まだ新しい。
人間の奴隷市場で「売却予定」の魔族に押される、残酷な印だった。
息が切れ、視界が揺れる。
もうすぐだ。
自宅の廃屋が見えてきた。
少年はドアを蹴り開けた。
「父さん! 母さん! ここはもうだめだ! 逃げるんだ!」
だが、そこはもぬけのからだった。
粗末なテーブルが倒れ、鍋が床に転がり、壁には血の手形が残っている。
少年の背後で、じりじりと影が迫ってきた。
人間兵、二人。
鎧の胸プレートに、ヴェルディア王国の双剣と鷲の紋章が光っている。
一人が剣を抜きながら、嘲るように笑った。
「おいおい、ガキ。また逃げやがったか」
もう一人が、剣を振り上げながら言った。
「親父とお袋はもう逃げちまったぜ。お前だけ置いてってよぉ」
少年の顔が、絶望で歪んだ。
――嘘だ。
父さんは、母さんは、俺を置いて逃げるはずがない。
でも、血の手形が、床に落ちた布切れが、すべてを物語っていた。
ザシュッ
剣が振り下ろされた。




