第12話
魔王城の廊下は、黒い石を削り出した壁が果てしなく続く、静寂の空間だった。
足音が響くたびに、天井の高いアーチから微かな反響が返ってくる。
セラーナはゆったりと歩きながら、指先で壁の彫刻をなぞっていた。
戦いの歴史を刻んだレリーフ――血と炎、咆哮する魔族と倒れゆく人間たち。
先代魔王の記憶が疼くたび、その彫刻がより鮮明に感じられた。
「魔王様」
背後から呼びかける、落ち着いた声。
振り返ると、ヴェルドラントが音を立てず一礼していた。
「どうしたの?」
「失礼を承知で申し上げます。魔王様のお側に、お世話係がいないのは問題がございます。先代魔王の時代から仕えるメイドが十三名おりまして、その中からお一人をお付けするのがよろしいかと」
セラーナは小さく首を傾げた。
「メイド……?」
「はい。身の回りの世話はもちろん、護衛も兼ねて」
「……いいわ。お願いできるかしら」
ヴェルドラントは頭を下げ、廊下の奥を手招いた。
石壁の陰から、一人の女性がひっそりと進み出た。
長身だった。
セラーナより頭一つ分は高く、黒いメイド服の下でも肩幅と腕の筋肉の隆起がはっきりとわかる。
赤い髪を高く結い上げ、腰には短剣を二本、飾りではなく実戦用のものを差している。
表情は真剣そのもので、しかしどこか優しげな目元が印象的だった。
彼女はセラーナの前で膝を折り、深々と一礼した。
「本日より魔王様のお側でお仕えいたします。ヴァレリア・フレイムヘイストと申します。身の回りのことはもちろん、不浄な者が近づけば即座に排除いたしますので、どうぞご安心くださいませ」
セラーナは思わず二度見した。
声は低めで落ち着いているが、丁寧で柔らかな響き。
しかしその体躯と、腰の短剣が放つ威圧感は、明らかに戦士のものだった。
「……フレイムヘイスト?」
ヴァレリアは顔を上げ、静かに表情を和らげた。
「はい。本隊軍団長ガルガンドは、私の弟にあたります」
(……弟があれで、姉がこれ……?)
セラーナは内心で小さく首を傾げながらも、優しい笑顔を返した。
ガルガンドの巨躯と熱血ぶりを思い出すと、目の前のヴァレリアの筋骨隆々とした体型が、妙に納得できるような、できないような。
「ヴァレリア……これからいろいろ教えてくれると嬉しいわ」
ヴァレリアの目元がわずかに揺れた。
先代魔王の時代、メイドたちはただ命令に従うだけの存在だった。
しかし目の前の新しい魔王は、普通の少女のように、柔らかく頼んでいる。
「……光栄に存じます。魔王様」
ヴァレリアは再び頭を下げ、立ち上がるとセラーナの横に控えた。
その存在感は圧倒的だったが、なぜか安心感もあった。
ヴェルドラントが一礼し、廊下の奥へ退いていく。
残されたセラーナとヴァレリアは、並んで歩き始めた。




