第55話
魔王城の玉座の間は、濃密な魔素が渦を巻いていた。
ヴァレリアに優しく手を引かれ、セラーナは階段を上った。
玉座に腰を下ろすと、下に並ぶ者たちの姿が目に入った。
ヴェルドラント、エリークス、リオ、ガルガンドが、玉座の前に整列し、片膝をついて頭を垂れていた。
ヴァレリアもその列に加わり、同じく跪いた。
静寂の中、ヴェルドラントが顔を上げた。
「お帰りなさいませ、魔王様」
他のメンバーもそれに続き、声をそろえて繰り返した。
「お帰りなさいませ」
セラーナは少し照れくさそうに唇を綻ばせ、皆を見回した。
「……ただいま、みんな」
ヴァレリアが立ち上がり、一礼して部屋を退出した。
扉が閉まる音が響くと、エリークスが顔を上げ、報告を始めた。
「ガルドリムの件、無事解決いたしました」
ヴェルディア軍の撤退、英雄たちの敗北、ルクスヴァルトとの一時的な接触――すべてを簡潔に、しかし正確に。
報告が終わると、ゼクスメンバーの瞳に熱が灯った。
ガルガンドが唸る。
「魔王様……見事でございました!」
リオがにこっと笑って飛び跳ねる。
「めっちゃかっこよかったって聞いたよ!」
ヴェルドラントが頭を下げた。
「さすがは我らの主です」
セラーナは少し声を震わせて尋ねた。
「……地下に捉えられていた魔族たちは?」
エリークスは表情を柔らかくした。
「ご心配なく。隙を見て、全員解放しておきました」
セラーナはほっと息を吐き、胸を押さえた。
「……よかった。本当に……」
部屋に、穏やかな静寂が訪れた。
ヴェルドラントが顔を上げ、慎重に問うた。
「それで……ルクスヴァルト帝国、騎士国とは、正式な協力関係を結ばれるのでしょうか?」
セラーナは少し間を置き、首を振った。
「補給路として最低限の交易は行いますが、まだ正式な協力関係を結ぶかは決めかねています」
リオが目を丸くして、首を傾げた。
「へー、そうなんだ」
セラーナは皆を見据え、続けた。
「ヴェルディアは、当面大人しくなるでしょう。三人の英雄を失いましたから」
ガルガンドが拳を握りしめ、興奮気味に身を乗り出す。
「好機! 一気にヴェルディアを叩いて、領地を奪い返しましょう!」
セラーナは小さく首を振った。
「違うわ。……これからは、人間同士が戦い合うの」
リオが首を傾げる。
「人間同士?」
「ヴェルディアは聖国との同盟を維持したくて必死になるはず。英雄を失った今、聖国はヴェルディアを見限るかもしれない。ルクスヴァルトは、混乱に乗じて攻勢に出るでしょう」
ヴェルドラントが頷く。
「人間側の内輪揉めが始まるわけですね」
「そう。我々が今やるべきことは、戦争そのものを止めることでも、どちらかに肩入れすることでもない。この戦争が生み出す『特需』を利用して、魔界の生活基盤を立て直すことよ」
エリークスが補足を求める。
「具体的にはどうされますか?」
「双方に物資を供給するの。武器、食料、魔石……必要なものはすべてこちらから売る。特にヴェルディアには、破格で」
ガルガンドが眉をひそめた。
「ヴェルディアに? よろしいので?」
セラーナは答えた。
「彼らを我々に依存させるの。そうすれば聖国との関係を切りやすくなる。聖国がヴェルディアを見限れば、勇者が動く理由も薄れる」
リオがにこっと笑って飛び跳ねた。
「勝手に人間がやりあってくれるんでしょ? それでお金も稼げてみんなハッピー! それで良いってことだよね? 魔王様?」
ガルガンドが声を上げた。
「そうだな! 今のうちに武器も食料も魔石も、全部揃えておきましょう!」
エリークスが口元をほころばせた。
「人間どもの内輪揉めを、こちらの肥やしに変える……実に効率的です。生産ラインの再編、すぐに取り掛かりましょう」
ヴェルドラントが皆を見回した。
「魔王様のおかげで、ようやく我々に風が吹いてきました。これで皆が幸せに暮らせます」
セラーナは皆の熱い視線を受け、少し照れくさそうに苦笑した。
遠くを見るような目で、呟く。
「幸せかは……まだ、分からないけれど」
(でも、みんながこんなに前を向いてくれているなら……いい方向に進むはず)
彼女は玉座から立ち上がり、言った。
「これからも……みんなで頑張っていきましょう」
ゼクスメンバーはみな片膝をついたまま、拳を強く握りしめ、声をそろえた。
「「「「それが主の命であれば!」」」」
その声は、静かだが確かな忠誠に満ちていた。
セラーナは玉座に腰を沈め、皆の姿を胸に刻んだ。




