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追放された無能令嬢、魔界で最強の王となる  作者: 川合 佑樹


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第54話

 翌朝、セラーナは宿で目を覚ました。


 昨夜の激戦の疲れがまだ体に残り、肩が重い。


 ベッドの傍らで、ヴァレリアがメイド服姿で窓辺に立っていた。

 朝の陽光が髪を柔らかく照らし、いつもより少し穏やかな横顔に見える。


「……おはよう、ヴァレリア」


 セラーナが呼びかけるとヴァレリアはすぐに振り返り、片膝をついた。

「おはようございます、魔王様。よくお休みになれましたか?」


 セラーナは上半身を起こし、ベッドから降りてヴァレリアの隣に立つ。

 朝の冷たい石の感触が裸足に伝わる。


 窓の外――要塞の石畳の通りが、普段とはまるで違う喧騒に包まれていた。


 馬車が次々と荷物を積み込み、兵士たちが慌ただしく走り回っている。

 旗や武器箱、食料の樽――明らかに撤退準備だった。


 門のほうでは、長い行列ができ、ヴェルディア軍の兵が大急ぎで街を出ていく姿が遠くに見えた。


「……あれは?」


 セラーナが驚くと、ヴァレリアは窓辺に並び淡々と答えた。

「ヴェルディア軍が撤退を始めています」


 セラーナは窓枠に手を置き、遠くの門を見つめた。


 昨夜の戦いが、こんな形で終わるとは思ってもみなかった。

 喜びが胸に広がる一方で、どこか虚しさが残る。


「……昨夜は、少し怖かったわ」


 セラーナは自分の声が震えていることに気づき、苦く笑った。

「みんなが無事でよかったけど……また、誰かが傷つくのかと思うと」


 ヴァレリアは無言でセラーナの手を取り、自分の胸に当てる。

 鼓動が伝わってくる。


 強く、温かく、揺るぎない。


「私がおります。どんな戦いでも、魔王様の隣に」


 その言葉に、セラーナの胸が熱くなった。


 聖国で誰も味方してくれなかった日々。

 追放の夜、港で一人震えていた自分。


 今は、こんなに近くに、信じられる人がいる。


 セラーナはヴァレリアの手を握り返した。

「……ありがとう、ヴァレリア」


 少し間を置いて、セラーナは改めて窓の外を見た。

「どうして……急に撤退なの?」


 ヴァレリアは少し間を置いて、淡々と説明を始めた。

「昨夜の戦いの後、街のあちこちで奇妙な噂が広がったようです。まず、英雄の一人――紅蓮の魔導姫エリトラーゼが、一夜にして姿を消した。そして、もう一人の英雄、屍術のティムフダルグが、今朝方、軍部の正面玄関前に放り出されていたのが発見されたそうです」


「そう……あのあと彼らがやったのね」


「はい。精神錯乱状態で、うわ言を繰り返していたとか。衛兵たちが慌てて保護しましたが、本国への緊急輸送が決まったようです」


 セラーナは窓の外を、もう一度見つめた。

 撤退する兵士たちの顔には、焦りと恐怖が混じっているように見えた。


「それで……撤退?」


「短期間で三人の英雄を失った――エギル、エリトラーゼ、そしてティムフダルグ。本国からの連絡が朝に入ったそうです。『魔界に未知の脅威が潜む』として、軍部再編成のため、ガルドリム要塞からの一時撤退が決定した、と。残存兵力は最小限に抑え、補給線を後退させて様子を見る方針だとか」


「勝った……ということかしらね」


 曇っていた朝焼けの空に、わずかな晴れ間が覗き始めた。


 セラーナの頰を、一筋の熱い涙が伝った。

 ――自分の苦しみではない。

 これで魔族たちが、少しでも安全に暮らせるなら。


 あの少年のような子が、もう追われることがないなら。


 ヴァレリアが無言で、ハンカチを差し出した。

 セラーナはそれをそっと受け取り、顔を輝かせた。


 セラーナは遠くの門を見つめた。

 ヴェルディアの旗が、次々と降ろされていくのが見えた。


「これで……ガルドリムは、私たちの手に?」


「少なくとも、当面は。バルドたちは昨夜のうちに要所を押さえたようです。ここを前線基地とする流れは、ほぼ確定でしょう」


「……でも、これで終わりじゃない。ヴェルディアは、きっと戻ってくるわね」


「はい。ですが、その時までに私たちはもっと強くなります。魔王様の望む世界を、守り抜くために」


 セラーナは窓の外に広がる要塞の街を見下ろした。


「……では」


 ヴァレリアが優しく口角を上げ、セラーナの胸元のアミュレットに指を添える。

「戻りましょう、魔王様」


 淡い銀の光が二人を包み込む。


 遠くで、ヴェルディアの旗が最後に一枚、風に翻りながら降ろされていくのが見えた。


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