第53話
墓地の地下の実験室。
黒い外套が、音もなくほどけていく。
エリークスが姿を現した。
「浄化の光は地下まで届かないようですね。あくまで地上の隠蔽工作用ですか」
静かな呟きが、実験室の空気に溶けた。
エリークスは手を掲げ、微弱な魔力の波動を放つ。
波動は壁を這い、机や棚を越え、奥の暗がりへと広がっていった。
――反応がある。
奥の牢屋のような区画から、弱々しく魔族の魔力反応が返ってきた。
生体反応は極めて微弱。
生きているというより、ただ死なされていないだけの状態。
エリークスは無言で歩を進めた。
実験台の上に散らばった羊皮紙を一瞥し、一枚を手に取る。
そこにはヴェルディア王国の紋章が押され、「合成魔獣計画」の詳細が記されていた。
部位の組み合わせ方、魂の固定方法、戦場での運用シナリオ――すべてが事務的で、冷酷で、吐き気を催すほどに整然としていた。
エリークスは紙を軽く振って灰に変え、残りを黒炎で焼き払った。
「くだらん」
短く、氷のような一言。
彼はさらに奥へ進み、鉄格子の向こうに横たわる魔族たちを眺めた。
十数名。
鎖すらかけられていない。
体の大半を失い、息をしているだけの存在。
角を根元から削ぎ取られ、翼を引きちぎられ、鱗を剥がされ――それでも、心臓だけは無理やり動かされ、意識だけは保たれていた。
痛みと絶望に塗れた表情が、エリークスを見上げた。
エリークスは体から微弱な魔力を放ち、問うた。
「今日は機嫌がいい。生きたいか、死にたいか選べ」
魔族たちは残った腕や首を必死に動かし、地に頭を擦りつけ乞うた。
「生きたい……」
「生きたい……」
「生きたい……」
ただその一言を繰り返した。
エリークスは静かに肯定した。
「よかろう。我が主のために、二度目の生を授けよう」
黒い影がエリークスの体から音もなく伸びた。
影は魔族たちを包み込んでいく。
痛みはなかった。
温かく、静かな闇が彼らを覆った。
魔族たちの意識は、記憶として、概念として、エリークスに吸収されていった。
苦痛の日々。
奪われた誇り。
失われた仲間への想い。
そして、希望――「誰かが、仇を取ってくれるかもしれない」という願い。
エリークスは目を閉じた。
「お前たちの無念、私が受け取った」
次の瞬間、黒い炎が実験室全体に爆発した。
炎は瞬時にすべてを焼き尽くした。
机は灰となり、壁は崩れ、記録も遺体も、すべてが消し炭と化した。
残ったのは、ただ焦げた匂いだけ。
エリークスは再び黒い外套に身を包み、闇に溶けるように姿を消した。
地上では浄化の光が収まり、セラーナたちは仲間と共に夜明けを待っていた。
地下の真実を知る者は、まだ誰もいない。
エリークスは魔王の玉座へと帰る道を歩み始めていた。




