第52話
刃が振り下ろされようとしたその瞬間――
「借りるぜ!」
声が響いた。
何者かが、エリークスの外套の刃を踏み台に、月光を浴びて飛び上がった。
煌めく長剣が、完璧な弧を描いて振り下ろされる。
「喰らええええ! ドラゴンスレイヤーああああ!」
バルドだった。
バシュウウウウ!
彼の剣が、ドラゴンの首を一閃で断ち切った。
聖光によって弱体化し、エリークスの執拗な攻撃で限界を迎えていた巨体は、抵抗すら許されなかった。
首が宙に舞い、血の雨を撒き散らしながら地面に落ちる。
ドオオオオオン!
轟音とともにドラゴンの体が崩れ落ちた。
無数の魂が、光に包まれながら解放されていく。
苦痛の叫びは、もう聞こえなかった。
静かな安息だけが墓地に満ちた。
エリークスは刃を収め、ドラゴンが完全に力を失ったのを確認すると、外套を急速に収縮させた。
シュンッ
黒い布が彼の体に巻きつき、闇に溶け込むようにその姿を消し去った。
バルドは着地し、長剣を肩に担いだ。
「ふう……遅くなって悪かったな」
彼は振り返り、余裕たっぷりに笑みを漏らした。
ヴァレリアは素早く周囲を警戒し、短剣と槍をストレンジ・ゲートに収めた。
それからセラーナの前に膝をつき、優しく体を触れながら怪我の確認をした。
「魔王様……どこか痛みませんか? 腕は……足は……」
声は心配が滲んでいた。
指先がセラーナの肩、腕、頰を慎重に撫でる。
セラーナは小さく首を振り、ヴァレリアの手を握り返した。
「……大丈夫。ヴァレリアのおかげよ」
そうしていると、バルドが近づいてきた。
「大丈夫だったか?」
セラーナは顔を上げ、バルドを見て安堵の息を漏らした。
「無事だったのですね。あの光は……あなたが?」
バルドは墓地の門の方を親指でクイッと差した。
その方向から走ってくる二つの影――ガルガムとフィオナの姿があった。
ガルガムが持つ杖の先端から、柔らかな白い光がまだ残り、淡く輝いている。
セラーナがわずかに目を見開いた。
「あれは……」
バルドは肩をすくめ、満足げに言った。
「ガルガムがこの辺り一帯に仕掛けられた対アンデッド用の結界を発動させたんだ。ティムフダルグが用意していた緊急装置を、俺たちが使わせてもらったってわけだ」
ヴァレリアは鋭くバルドを見据えた。
「それにしてもよくここが分かったな」
「何言ってんだ。あんだけ派手にドンパチしてたんだぜ? さっさと出て行かねーと、そろそろ衛兵が来る。今は俺たちのクランハウス襲撃で出払ってるが、時間の問題だ。行くぞ!」
セラーナは墓地の光の中で、涙を流していた。
「……みんな、無事でよかった」
光が収まり、墓地に夜の静けさが戻ってきた。
セラーナの耳にだけ、優しい囁きが聞こえた気がした。
「ありがとう……」
「やっと、楽になれた……」
無数の魂の声――解放された魔族たちの、静かな感謝。
セラーナは胸を押さえ、目を閉じた。
戦いは終わった。
だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。




