第56話
黒岩の前哨から、騎士国方面へ続く補給路。
ライアンは馬車の御者台に立ち、褐色の肌に砂埃を浴びながら、遠くの地平線を見据えていた。
復興はほぼ完了。
魔族の商人たちと、ルクスヴァルトから来た人間の交易隊が混じり、馬車が連なる平和な光景が広がっていた。
仲間たちの魔族が、荷台で武器の手入れをしながら笑い声を上げている。
最近、交易路で「行商人が忽然と消える」という噂を耳にしていたが――今はただ、穏やかな風が心地よかった。
「ライアン様、もうすぐゾルディアの領内ですぜ。ここを抜ければ騎士国まで一本道だ」
ライアンは馬の手綱を軽く引いた。
「そうだな。順調すぎるくらいだ」
――少し、順調すぎる。
その言葉が終わらないうちに――突然、地面が揺れた。
森の奥から、獣の咆哮が重なり合って響き渡る。
黒岩の戦いで追いやられた魔獣たちが、追われ追われてこの地に流れ着き、巨大なコロニーを形成していたのだ。
無数の魔獣が雪崩れ込むように襲いかかってきた。
鋭い牙、鋼のような爪、毒の霧を吐く巨体――数十体を超える群れ。
仲間たちが慌てて武器を構える。
「ライアン様!」
ライアンは馬車から降り、砂漠の風に金髪をなびかせた。
「下がっていろ」
一歩踏み出す。
その瞬間――ライアンの周囲に、黄金色の砂嵐が巻き起こった。
砂が刃となり、風が槍となって魔獣たちを切り裂く。
咆哮が悲鳴に変わり、巨体が細切れにされ、血と肉片が砂に吸い込まれていく。
戦いは、数秒で終わった。
ライアンは仲間たちに振り返った。
「もう大丈夫だ。迂回して進もう」
仲間たちが安堵の息を漏らす。
しかし――その時。
馬車の後ろ、砂煙の向こうから、人影が現れた。
白い薄汚れたマントに身を包み、顔をフードで隠した姿。
腰に下げた剣は、騎士国のものではない。
ヴェルディアの紋章も、ルクスヴァルトの獅子も――どこにもない。
その人物の足元に、魔力の波動が立ち上る。
ライアンだけが、それを感じ取った。
冷たく、底知れぬ――魔界の深淵から這い上がってきたような気配。
ライアンは目を凝らし、一言放った。
「これは……まずい」
仲間の一人が、ようやく異変に気づき、声を上げた。
「ライアン様、あそこに――」
その瞬間、マントの人物が、音もなく動いた。
砂煙が渦を巻き、視界が歪む。
ライアンの金髪が、風もないのに激しくはためいた。
仲間たちの悲鳴が、遠くで響く。
――そして、ライアンの姿は、砂煙と共に消えた。
馬車の上に、ただ彼の外套だけが、ぽつんと残されていた。




