第48話
遠くで、要塞の灯りが揺れていた。
エリークスは外套の裾を軽く払い、呟いた。
「ずいぶんと薄い味付けだ」
彼の瞳に、得られた記憶が広がっていく。
要塞の地下に、まだ三百を超える魔族が眠っている。
ティムフダルグの『最高傑作』と共に──。
そして、さらに奥底にあった計画。
ヴェルディアは、魔界を単なる資源庫として見ていない。
魔王が滅んだ今こそが好機だと、上層部は考えている。
魔界の残存勢力を根絶やしにし、すべての小国を直接支配下に置く。
交易路を独占し、魔石と魔族の遺体を無尽蔵に確保し、最終的には聖国エリュシオンすら経済的・軍事的に屈服させる。
「魔界を牛耳る」──それが、ヴェルディア王の密命だった。
英雄たちに与えられたのは、表向きの「魔族掃討」ではなく、裏の「完全支配」のための布石。
エギルは単なる武力、エリトラーゼは破壊と威嚇、ティムフダルグは死体を利用した永続的な戦力増強。
すべては、魔界をヴェルディアの「植民地」に変えるための、長期的な計画の一部だった。
「……人間どもは、戦争が終わったなどと思っていないのか」
その記憶が流れてきた瞬間――最初は小さな振動だった。
足元が、わずかに揺れる。
セラーナは眉を寄せ、地面を見下ろした。
だがすぐに、それは強くなった。
墓地の土がざわめき、枯れた草が逆立つように震え始める。
墓石が、次々とひび割れていく。
ぱきん、ぱきん、と乾いた音が連続し、古い石碑が傾き、倒れ、砕け散った。
亀裂が走り、青白い炎が無数の隙間から噴き出した。
炎は魂の色を帯び、揺らめくたびに、断末魔のような叫び声が重なり合って響く。
「助けて……」
「殺せ……」
「痛い……やめろ……」
「なぜ……私たちを……」
矛盾した、苦痛に満ちた声が、墓地全体を満たした。
それは、かつてここで死んだ魔族たちの魂の叫びだった。
無理やり引き裂かれ、冒涜され、歪んだ器に押し込められた怨嗟。
セラーナの頭が、激しく疼いた。
魂の知覚が強すぎて、膝が折れる。
視界が歪み、吐き気が喉元までせり上がってきた。
(これ……全部、魔族の魂……? こんなに……苦しんで……)
彼女は地面に片膝をつき、杖を突いて体を支えた。
ヴァレリアが慌てて駆け寄り、セラーナを抱きかかえる。
「魔王様! 大丈夫ですか!?」
声が震えていた。
普段の冷静さが、わずかに崩れている。
セラーナはヴァレリアの胸に顔を埋め、呟いた。
「……人間って……どうして、こんな残酷なことが……」
ヴァレリアは強く抱きしめ、歯を食いしばった。
「魔王様……離れましょう」
地面が大きく隆起し、巨大な亀裂が開く。
エリークスは告げた。
「ヴァレリア、早く下がれ。これは私がどうにかする。魔王様は離れれば楽になられるはずだ」




