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追放された無能令嬢、魔界で最強の王となる  作者: 川合 佑樹


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第46話

 ヴァレリアは拳を下ろした。


 エリークスが眼鏡を軽く押し上げる。

「……何をしていた、ヴァレリア」


 ヴァレリアはエリークスの前に走って来て跪く。

「……申し訳ございませんでした。エリークス様」


 エリークスは右手を掲げ、虚空にストレンジ・ゲートを展開した。

 裂け目から、抜き身の長剣が音もなく引き抜かれる。


 月光を浴びた刃は冷たく輝き、鋭い殺気を放っていた。


 エリークスは剣を握りしめ、ヴァレリアの頭上に振りかざした。


 ヴァレリアは微動だにしない。

 表情すら変えず、ただ跪いたまま、当然の罰を受け入れるように目を閉じていた。


 エリークスが剣を振り上げた瞬間――

「なりません!」


 セラーナの声が、墓地に鋭く響いた。


 彼女はヴァレリアとエリークスの間に飛び込み、エリークスの剣の直下に立った。


 瞳にはまだ涙が浮かんだまま、拭うでもなく、ただ真正面からエリークスを見つめ返す。


 その視線は揺るがず、震える唇を噛みしめながらも、決して逸らさない。

 覚悟そのものだった。


 エリークスは振り上げた勢いのまま剣を後ろへ投げ捨てた。


 剣は弧を描いて夜空を切り、背後に展開されたストレンジ・ゲートに吸い込まれ、音もなく回収された。


 エリークスは明らかに動揺していた。

「魔王様! このような危険なことおやめくださいっ! 怪我でもしたら、どうなさるのですか!」


 セラーナは一歩も引かず、エリークスを見据えたまま、力強く答えた。

「それでもです! 友を傷つけられるわけにはいきません! 彼女は十分役目を果たしてくれていました!」


 その言葉に、エリークスの眉が寄った。

 冷徹な参謀の仮面が、わずかに崩れる。


 やがて――彼の表情が柔らかくなった。


 剣を失った手を胸に当て、エリークスはセラーナの前に片膝をついた。

 頭を下げ呟いた。

「……それがあなた様の望みであるのならば」


 墓地の風が三人の間を優しく通り抜けていった。


 遠くでティムフダルグの呻き声が微かに聞こえたが、誰もがそれを気に留めなかった。

 ただ一人を除いては――。


 エリークスは立ち上がり、セラーナに一礼した。

 外套の裾が揺れ、闇に溶け込むように収まる。

「ヴァレリア、現状の報告を」


 彼の視線がヴァレリアに向けられた。


 ヴァレリアは即座に膝を折り、頭を下げた。

「敵襲は二名。一人は先ほどの死霊術士。もう一人は、魔力反応から恐らく魔導士だと思われます。魔族の実験場が、恐らくあの祠の下にあり、まだ生存反応がございます。捕らわれている者もいると思われます」


 エリークスは頷いた。

「奴隷化した魔族の回収はこちらで手配しましょう。リオにも連絡を入れます」


 セラーナは思わず一歩進み出た。

 胸の奥に、焦りが灯る。

「あのっ……騎士国の方たちは?」


 エリークスの眼鏡が、月光を反射して鋭く光った。


 次の瞬間、彼の体から淡い魔力の波が広がっていく。

 墓地を越え、要塞の石畳を這うように、街一帯を探る。


 魔力の網が空気を震わせた。


 やがて、エリークスが口を開いた。

「どこかに匿われているのか……魔力反応があった近くに、魔力を完全に阻害する部屋がありますね。そこにかすかに人の反応が密集しています。拷問されている可能性も……」


 ヴァレリアが即座に補足した。

「恐らく、会議室だと思います。あそこは魔力が遮断されており、完全防音のため、逃げ込んだのでしょう」


 セラーナの胸が、ほっと緩んだ。

「……では、無事なのですね」


 エリークスはわずかに首を縦に振った。

 瞳にわずかな安堵が過ぎる。

「そうですね。それと……こちらに向かってきている敵影を確認いたしました」


「それって――」


 その瞬間だった。


 遠く、要塞の闇の奥から、巨大な火球が飛来した。


 赤く灼熱の光をまとい、夜空を裂くように墓地を目指して一直線に迫る。


 熱風が先回りし、周囲の墓石を焦がし始める。


 バサアアアアアア

 エリークスの外套が大きく広がった。


 黒い布が渦を巻き、セラーナの体を優しく、しかし完全に包み込む。


 次の瞬間、火球が直撃した。

 ゴオオオオオン!


 爆音が墓地を震わせ、火球は外套に弾け、四方に飛び散った。


 炎の破片が周囲に降り注ぎ、枯れた草や墓石に火の手が上がる。


 熱気が一気に押し寄せ、セラーナの髪が乱れた。


 だが、外套の中は――不思議なほど涼しかった。

 エリークスの魔力が、すべてを防いでいる。


 外套が翻り、強烈な風を巻き起こした。

 風は火の気を消し去り、墓地の闇を再び取り戻す。


 その奥に――深紅の法衣をまとった銀髪の女性が、優雅に立っていた。


 エリトラーゼは魔導書を片手に持ち、唇を妖しく歪めて笑った。

「あいつの反応が弱まったから気になって来てみたけど、なかなか楽しめそうじゃない」


 エリークスの外套が完全に収まり、セラーナを優しく地面に降ろす。


 彼は一歩前に出て、エリトラーゼをまっすぐに見据えた。


 エリトラーゼは視線をエリークスの外套に移し、興味深げに目をわずかに狭めた。

「ずいぶん手の込んだ装備ね。火照って来ちゃった」


 墓地の風が、再び重く、熱く変わり始めた。


 新たな戦いの幕が上がろうとしていた。


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