第44話
ヴァレリアはセラーナを優しく地面に降ろし、短剣の柄に手を置いた。
「魔王様、来ます」
セラーナは頷き、杖を握り直す。
階段の奥から足音が響き始めた。
黒いローブに身を包み、銀の仮面で顔の半分を隠した小柄な男――ティムフダルグが昇って来た。
仮面の隙間から覗く瞳は濁った光を宿し、死そのものを映しているかのようだった。
彼は二人を一瞥した。
「お前ら……その魔力。黒岩の化け物か。となるとあやつは死んだ……いや、まだ魔力の波動を感じる。……お前ら何者だ」
ヴァレリアはセラーナを背後に庇うように一歩進み、冷ややかに返した。
短剣の柄に指をかけ、いつでも抜ける体勢を整えている。
「お前のようなものに名乗る名など持ち合わせていないな」
ティムフダルグは仮面の下で小さく笑い、肩をすくめた。
黒い霧が指先からわずかに立ち上り、階段の壁を這うように広がる。
「騎士国ではないようだ。となるとグリムハイト帝国か。因果なモノよ」
その名を聞いた瞬間、ヴァレリアが静かに視線を尖らせた。
グリムハイト帝国――西の鉄血国家。
戦闘狂の集団と恐れられ、魔界侵攻の際にも最前線で血を流した国。
ティムフダルグの言葉はただの推測ではなく、どこか確信を帯びていた。
ヴァレリアは告げた。
声に怒りが滲み、短剣を半分抜く金属音が響く。
「我らが誰かなど些事だろう? ここでお前は死ぬ。それだけだ」
ヴァレリアが動いた。
短剣を手に、ティムフダルグへ襲い掛かる。
距離が音もなく詰まり、刃が仮面を捉えた。
だが――その直前、階段の闇から腐敗した魔族の亡骸が立ち塞がった。
ヴァレリアは舌打ちし、短剣を横薙ぎに振るった。
ズシャッ!
首が飛ぶ。
胴体が崩れ落ちる。
しかし、次の瞬間――切り離された首が宙で向きを変え、口を開いてヴァレリアの腕に噛みつこうとした。
「……直接操っているのか」
ヴァレリアは短剣を逆手に持ち替え、首を貫いて地面に叩きつける。
それでも、胴体は這い上がり、腕を振り回して襲いかかってくる。
ティムフダルグは仮面の下で笑った。
「……どこまで耐えられるか見物じゃ」
ヴァレリアは無言でストレンジ・ゲートを展開した。
彼女は右手を突っ込み、一本の双刃槍を引き抜いた。
漆黒の槍身に赤と青の魔石がはめ込まれ、両端に鋭い刃が輝く古の宝具。
引き抜きながら魔力を込めると――片方の刃から灼熱の炎が噴き出し、もう片方の刃からは極寒の氷霧が立ち上った。
ヴァレリアは槍を回転させ、襲い来るアンデッドを一閃で両断した。
炎の刃が通った側は、魔力線ごと燃え上がり、灰となって散る。
氷の刃が通った側は瞬時に凍りつき、動きを止めて砕け散った。
「これなら関係ないな」
ティムフダルグは肩をすくめ、両手を軽く広げた。
黒い霧が濃くなり、階段の奥からさらに十体を超えるアンデッドが這い上がってくる。
一部は直接操られ、異様な速さでヴァレリアを包囲するように襲いかかった。
ヴァレリアは槍を振り回し、次々と切り伏せていく。
炎と氷が交錯し、墓地に赤と青の光が舞う。
それでも、倒したアンデッドの欠片が再び蠢き再生しようとする。
「キリがないな」
ヴァレリアは呟き、地面を蹴った。
体が宙に舞い上がり、槍の炎側を下に向ける。
バシュウウウウウ!
魔力を集中させると、槍先から灼熱の炎が噴射され、推進力となってヴァレリアを加速させる。
空からティムフダルグを真っ直ぐに狙い、槍を突き出して急降下した。
その時――ティムフダルグは悪意を込めて唇を歪めた。
「ほう、ずいぶん軽い宝物と見える」
その瞬間。
セラーナの背後から、獣の咆哮が轟いた。
改造された魔獣二頭が、闇の中から飛び出してきた。
鋼のような鱗に覆われ、角は鋸状に変形し、牙は毒の滴る刃のように鋭い。
死霊術と魔導の融合で生み出された、異形の怪物。
二頭は左右から挟み撃ちにし、セラーナを狙って牙と爪を振り下ろす。
ヴァレリアの顔が強張った。
「くそっ」
ヴァレリアは魔力を込め逆噴射し、セラーナのもとへ戻ろうとする。
だが、間に合わない――。
セラーナは振り向いた。
魔獣二頭の牙と爪が、今まさにセラーナに届こうとしていた。




