第43話
墓地の冷たい石畳を、ヴァレリアはセラーナを抱えたまま疾走していた。
夜風が腐臭を運び、背後から這い寄る足音が絶え間なく響く。
奥からアンデッドと化した魔族たちがぎこちない動きで襲いかかってくる。
セラーナはヴァレリアの腕の中で体を起こした。
「私が――」
杖を握り、魔力を込めようとする。
青紫の光が花弁を震わせた。
だが、ヴァレリアが即座に制した。
「魔王様。お待ちください。この辺りは魔素がアンデッドの瘴気と交わり、毒性が増しています。あまり力をお使いになると、その分お体に混じる可能性がございます。影響が分からない以上、力の行使は私にお任せください」
セラーナは頷き、杖を腰にそっとしまった。
「……分かりました。ヴァレリア、お願い」
ヴァレリアは無言で頷き、無詠唱でストレンジ・ゲートを展開した。
彼女は無造作に右手を突っ込み、引き抜いた。
その手の先に、五つの指輪がはめられていた。
漆黒の金属に、赤い魔石が輝く、古の戦士の遺産。
ヴァレリアは、詠唱を始めた。
「深淵の糸よ、汝の鋭さを以て敵を裁け――マリオネット・スレッド・レイン」
シュウィイイイイン
五本の魔力線が、指輪から迸るように飛び出した。
透明に近い青白い光の糸が、虚空を裂きながらアンデッドたちに襲いかかる。
魔力線は腐った肉を裂き、折れた角を粉砕し、かつての魔族の顔を消し去っていった。
灰色の肌が引き千切られる。
痛みのない亡骸たちが、ただ崩れ落ちていく。
ヴァレリアの瞳には、怒りと哀しみが同居していた。
セラーナはヴァレリアの肩に顔を埋めながら、震える魔力線の風圧を感じていた。熱く、鋭い魔力が周囲の空気を震わせ、彼女の髪を乱す。
(……すごい、ヴァレリア……)
心の中で呟き、そっとその肩に指を強く押し当てる。
ヴァレリアの体温が、確かな安心を伝えてきた。
ヴァレリアはさらに詠唱を続けた。
「分裂せよ、増殖せよ――エクスポネンシャル・チェイン」
五本の魔力線が、さらに細かく五本に分裂した。
その先端から、再び五本に――指数関数的に膨れ上がっていく。
瞬く間に二十五本、百二十五本と増殖し、四方八方に広がった。
魔力線は敵の存在を感知するたび自動で追尾し、切り刻む。
敵がいなくなると、自然に魔力行使が終わる――完璧な効率の魔法。
辺り一面のアンデッドが、音もなく崩れ落ちた。
腐った肉片が土に還り、折れた角が粉々に散る。
墓地に、静寂が戻った。
月光が薄く差し込む中、セラーナは墓地の奥に目を向けた。
そこには黒い岩肌を削り出した小さな石造りの建物――古い納骨堂のような祠が、墓石の間から不気味に聳えていた。
鉄の扉が半開きになり、地面に続く石の階段が闇の奥へと続いていた。
だが――階段の奥から、新たな魔力の波動が、這い上がってくる気配がした。




