第42話
墓地へと急ぐ道中、セラーナは再びヴァレリアのお姫様抱っこで移動していた。
屋根から屋根へ、影から影へと飛び移るヴァレリアの動きは、夜の獣のように軽やかで確かだった。
セラーナは今では半ば諦めたような、どこか安心しきった表情を浮かべている。
それでも、視界の先に広がった光景を見て、彼女の顔が強張った。
墓地の門前――無数のうごめく影が、腐った肉体を引きずりながら押し寄せていた。
かつてこの地で暮らしていた魔族たち。
角や翼の残骸が、月光にぼんやりと浮かび上がる。
門番の衛兵たちが集まり、槍を構えて必死に突き刺していたが、アンデッドの数は減るどころか増えていく一方だった。
ヴァレリアが門から少し離れた位置で足を止め、セラーナをそっと地面に降ろした。
「死して尚、愚弄するか……!」
歯ぎしりが響いた。
セラーナはヴァレリアの腕をそっと撫でた。
「楽にしてあげましょう」
セラーナは一歩前に出て、黒薔薇の杖を握りしめた。
魔力を込める。
青紫の光が、墓地一帯に広がっていく。
魔力領域が展開されると同時に、アンデッドたちは抵抗する間もなく、長い苦しみから解放されたかのように倒れていった。
土に還るように、動きを止め、崩れ落ちる。
門番の衛兵たちは、槍を握りしめたままその場にへたり込んだ。
一人の若い兵士が呟いた。
「……助かった」
その視線は、青紫の光を収めた杖を握るセラーナに向けられていた。
恐怖と、信じられないような感謝が混じった表情。
ヴェルディアの軍服を着た人間が、魔族らしき存在に命を救われた――その事実に、兵士の顔が困惑で歪む。
もう一人の年配の兵士は、すぐに我に返ったように槍を構え直したが、手が小刻みに震えているのが分かった。
「……お前たちは、何者だ」
警戒を込めた声。
だが、そこには先ほどまでの絶望的な響きはなかった。
むしろ、どこか動揺が混じっている。
セラーナは優しく表情を緩め、答えた。
「ただの旅人です。死者を冒涜する者が、この先にいるようですね」
兵士たちは顔を見合わせ、言葉を失った。
年配の兵士が呟く。
「そんな……英雄様が、こんなことを」
その瞳に、わずかな疑念と動揺が揺れた。
ティムフダルグ――英雄と崇められる男が、死者を操っているという事実。
普段は誇りに思っていたはずの忠誠が、今、ほんの少しだけ揺らいでいる。
ヴァレリアがセラーナの前に一歩進み出て、冷ややかに告げた。
「道を開けろ。邪魔をするなら、貴様らも同じ目に遭う」
兵士たちは無言で道を空けた。
槍を下ろし、壁際に退くその背中は、どこか力なく見えた。
セラーナはヴァレリアに再び抱きかかえられ、門を軽々と飛び越えた。
墓地の奥、冷たい石の階段が下へ続いている。
ヴァレリアが言った。
「アンデッドが倒れた時に対抗するように、魔力が増すのを感じました。この先にいるはずです」
セラーナは頷き、杖を握りしめた。
「行きましょう。死者を玩具にする人を、許すわけにはいかないわ」
二人は闇の奥へと進んでいった。




