第36話
会議室の扉が閉まった。
部屋は簡素で、中央に古びた木のテーブルが一つ置かれているだけだった。
バルドは入るなり腰から長剣を鞘ごと抜いた。
見せつけるように扉の近くに立てかける。
「これで信じてくれるかい?」
セラーナは軽くお辞儀をし、中へ進んだ。
ヴァレリアは最後まで警戒の視線をバルドに据えたまま、短剣の柄に指をかけながら入室し、扉を背後に閉めた。
バルドはテーブルの奥に立ち、二人に向き直った。
「単刀直入にいこう。君たちはリベリオンではないな」
ヴァレリアの目が鋭く据えられた。
バルドは肩をすくめ、続けた。
「だからといって、どうというわけでもない。どちらにしても俺はお前たちに協力して欲しいことがある」
「なんだ?」
ヴァレリアが問い返す。
「すまないが、これは主人の方に直接願い出ている」
バルドは視線をセラーナに移した。
ヴァレリアが即座に前に出る。
「ダメだ。お前は信用できない」
「では私も明かそう。……私はルクスヴァルトの間者だ」
「……だとしてどうした」
ヴァレリアが短く応じた。
バルドは少し肩を落とし、苦笑した。
「驚いて……くれもしないか」
セラーナは答えた。
「そんな気はしていました」
バルドがセラーナに視線を移す。
「……偽装は完璧だったはずだが」
「魔族を嫌わずここまで一緒に旅をし、そしてこの屋敷にもまだ魔族の痕跡をたくさん残している。あなたたちの持つ文化への敬意は隠しきれていません。つい一月前に黒岩で見たジークフリートと名乗られた騎士に、とてもよく似ています」
バルドは「ジークフリート」の名を聞いた瞬間、目を見開いた。
「そうか……敬意か。……実は、俺はあの場にいたんだ。ジークフリート隊の別働部隊としてな」
セラーナとヴァレリアが同時に凍りついた。
「急な衝撃で吹き飛ばされて気を失った。目が覚めたときには、もう戦闘は終わりに近かった。お前たちが天槍のエギルを圧倒するところを……遠くから、はっきりと見ていた」
バルドは一度言葉を切り、目を伏せた。
「最初は、お前たちに復讐を誓ったよ。化け物が現れたと聞いて、ヴェルディアの仕業だとは思わなかった。分隊長をやられた怒りと、仲間を失った悔しさで頭が真っ白だった」
セラーナの指先が、わずかに震えた。
「だが……黒岩の復興を見たんだ。人間と魔族が手を取り合って、焚き火を囲んで笑い合ってる姿を。子供たちが角を隠さずに走り回ってる姿を。冒険者たちが魔族の商人と普通に取引してる姿を」
バルドは顔を上げ、二人をまっすぐに見据えた。
声に、抑えきれない熱が混じる。
「それを見て、俺の考えは変わった。ジークフリートさんも無事に戻られたと聞き、エギルにやられた真相も分かった。俺の復讐の目的は、もう達成されたようなものだ。今、俺の憎しみはすべてヴェルディアに向いている」
部屋に静寂が訪れた。
バルドは息を吸い、声を低くした。
「お前たちの目的はヴェルディアの乗っ取り、あるいはそれに準ずるところだろう? 我々騎士国はこのガルドリムを落とし、前線基地とする。お前たちの目的に沿うと思うが、どうだ?」
「俺たちが協力する理由は?」
ヴァレリアが鋭く問い返す。
「依頼書を見たのだろう? 大量の魔族が狩られている。中にはまだ生きている者もいる。そしてここには、魔族を使って実験を施しているヴェルディアの英雄の一人がいる。十分な理由にはならないか?」
「復讐が目的ではない。それに全てが終わってから復興するという手段もある」
「いや、ないはずだ」
「なぜそう言える?」
バルドは遠くを見るような目で、答えた。
「『日常』を、もう一度壊したくないからだ」
ヴァレリアが一歩前に出て、冷たく告げた。
「悪いが、俺たちは――」
「分かりました」
セラーナの声が割り込んだ。
ヴァレリアの言葉がぴたりと止まる。
彼女は顔を巡らせ、セラーナを見つめた。
瞳に、驚きと、わずかな動揺が揺れていた。
セラーナは顔を和らげ、バルドを見据えた。
「我々にも協力していい理由はありそうです。ですが、まだ隠していることがありますね?」
バルドは瞳に鋭い光を宿した。
「……鋭いな。作戦は少数精鋭で行われることになる」
セラーナは視線を巡らせ、扉の方へ向けた。
「彼女たちですか」
「あぁ……疑われずに潜入できるのが女性隊員くらいしかいなかったからな」
セラーナは小さく首を傾げ、続けた。
「それで勝てますか」
「勝つさ。そのために我々はここにいる」
セラーナは少し間を置き、頷いた。
「分かりました。協力はしましょう。しかし、我々は魔族の救出を優先します。よろしいですね?」
バルドは即座に応えた。
「勿論だ。むしろお願いしようと思っていた。だが……」
ヴァレリアが鋭く割り込んだ。
「だが、なんだ?」
「魔族の救出となると英雄の一角と戦う事になる……大丈夫なのか?」
セラーナは小さく笑った。
柔らかく、どこか優しい笑みだった。
「ふふっ。天槍を倒したのはヴァレリアですよ」
バルドは言葉を失った。
「……そう……だったな。よろしく頼む」
彼は右手を差し出した。
セラーナが手を伸ばしかけた――その瞬間。
ヴァレリアが素早く割り込み、バルドの手を強く握った。
握力の強さに、バルドの眉がわずかに跳ねる。
「それとこれとは別だ。スケコマシ野郎」
バルドは苦笑いを浮かべ、手を軽く振った。
「……まだ、あの子たちには手は出してないんだが」
ヴァレリアは冷たく、容赦なく切り捨てた。
「口を開くな。下衆がうつる」
バルドは肩をすくめ、完全に降参のポーズを取った。
セラーナはそのやり取りを見つめ、小さく笑った。
会議室の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
それでも、三人の瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
ガルドリム要塞攻略――そして魔族の救出。
新たな同盟が、ここに結ばれた。




