第32話
セラーナたちを乗せた馬車が沼地を抜けると、遠くに要塞の壁が見えていた。
黒く厚い石壁が地平線を切り取り、尖塔の先端が鈍く光を反射している。
風が湿った土と腐葉の匂いを運び、馬車の車輪がぬかるみを軋ませるたびに、セラーナの体が小さく揺れた。
バルドが幔幕を少しめくり、外を指さした。
「あれがガルドリムだ」
門の前には長い行列ができていた。
荷馬車、商人、傭兵、冒険者――ヴェルディアに向かう者たちが、みな人間だった。
魔族の姿はどこにも見えず、鎖の音すら聞こえてこない。
行列の端では、衛兵が荷物を一つ一つ検め、通行証を確認している。
バルドが軽く笑って馬車から飛び降りた。
「ちょっと待っててくれ」
彼は人混みをかき分け、門の近くまで小走りに向かった。
数分後、戻ってきたバルドは肩をすくめながら、再び馬車に乗り込んだ。
「よし、行こう」
御者が手綱を鳴らすと、馬車は行列を横目に進み始めた。
そのまま列を抜け、門の脇にある――明らかに一般用とは別の出入り口へと案内された。
衛兵が敬礼し、門が開く。
検閲も質問もなく、馬車は難なく中へと滑り込んだ。
車内が薄暗くなったところで、バルドが勝ち誇ったように口角を上げた。
「有名人特権ってやつだな」
セラーナは幔幕の隙間から、要塞内部の様子をそっと覗いた。
石畳の通りは人で溢れ、武器庫の看板や酒場の喧騒が響いている。
鉄と血の匂いが、ほのかに鼻を突いた。
ヴァレリアが無言でセラーナの袖を軽く掴んだ。
指先に、わずかな力が込められている。
馬車はさらに奥へと進み、ガルドリム要塞の中心へと飲み込まれていった。




