第31話
ガルドリム要塞――ヴェルディア王国の魔界方面前線における最大の中継基地は、黒い岩肌を削り出した厚い城壁に囲まれ、常に鉄と血の匂いが漂っていた。
ドルガンから馬車で三日、荒野を抜け、沼地を迂回すれば辿り着く距離だ。
ここは単なる補給地ではない。
魔族の遺体を回収・保存し、捕虜を一時収容する檻。
地下、冷え切った石の倉庫。
無数の魔族の遺体が、魔力結晶で満たされた水槽に浮かべられ、腐敗を防がれていた。
角、翼、鱗――それぞれの部位が丁寧に分類され、番号が振られている。
水槽の前で、一人の男が手を広げていた。
黒いローブに身を包み、顔の半分を銀の仮面で隠した小柄の男――ヴェルディア軍の英雄級死霊術師『屍術のティムフダルグ』。
彼の指先から黒い霧が立ち上り、一体の魔族遺体に絡みつく。
死体はわずかに痙攣し、濁った目がゆっくりと開いた。
「これはまだ使えるな……」
背後から、落ち着いた女の声が響いた。
「また玩具を増やしているのね、ティムフダルグ」
振り返ったティムフダルグの隣に立っていたのは、深紅の法衣をまとった女性――ヴェルディア軍もう一人の英雄級『紅蓮の魔導姫』エリトラーゼ・ロイタスハイト。
長い銀髪を無造作に流し、手には細い杖ではなく、巨大な魔導書を軽々と抱えていた。
ティムフダルグは仮面の下で小さく笑った。
「玩具ではなく、兵器だよ、エリトラーゼ。エギルがやられたせいで、上層部が焦っている。『化け物が現れた』だの『魔族の報復』だのと騒いでいるからな。戦力増強で死体の手も借りたいということだ」
エリトラーゼは水槽に浮かぶ遺体を一瞥し、軽く鼻を鳴らした。
「エギルの負けは自業自得でしょう。あの槍馬鹿はいつも単独行動が過ぎる」
彼女は魔導書を開き、ページをめくりながら続けた。
「次の補給隊が着くまであと二日。その間に、私が要塞全体に『結界』を張り直す。あなたは死体を可能な限り戦闘可能な状態にしておいて。――もしその『化け物』が本当にヴェルディアへ向かっているなら、ここが最初の関門になる」
「了解だ。だが……少し楽しみになってきたよ。たまには新鮮な獲物も悪くない」
「その頃には炭になってると思うけどね」
二人の英雄は、それぞれの作業に戻った。
地下倉庫の冷たい空気の中、魔族の遺体だけが、無言で浮かび続けていた。
要塞の上空では、ヴェルディアの旗が風にはためき、兵士たちの訓練音が絶え間なく響いていた。
次の戦いがすぐそこまで迫っていることを、誰もが肌で感じていた。




