第30話
どれほど時間が経っただろうか。
突然、御者の声が前方から響いた。
「あれは……デザートベアだ! でかいのが一匹、道を塞いでる!」
馬車が急減速し、車体が大きく揺れた。
セラーナは幔幕の隙間から外を覗き、息を止めた。
荒野の道を塞ぐように立ちはだかる巨大な熊型魔獣。
体長は五メートルを超え、砂色の毛皮の下に鋼のような筋肉が隆起している。
赤く充血した目がこちらを睨みつけていた。
デザートベア――砂漠地帯に棲む上位魔獣。
単体で冒険者パーティーを全滅させることも珍しくない、凶暴な存在だ。
バルドが即座に立ち上がり、剣を抜いた。
セラーナたちに軽く目配せする。
「ここは俺たちに任せてくれ。いい機会だ。ここで実力を見せてやろう」
金狼の牙の四人は馬車から飛び出し、素早く散開した。
御者が馬を後退させ、馬車を安全圏に下がらせる。
最初に動いたのはバルドだった。
剣を構え、デザートベアに向かって一直線に突進する。
魔獣が咆哮を上げ、前脚を振り上げて迎え撃とうとした瞬間――バルドの剣が横薙ぎに閃いた。
ズシャアアッ!
熊の胴を斬り裂き、鮮血が砂に飛び散る。
デザートベアが苦痛の咆哮を上げ、後退しようとするが、バルドは追撃を許さない。
しかし、魔獣の反撃は速かった。
巨体を回転させ、後脚で砂を巻き上げながらバルドを狙う。
その隙を突いたのはガルガムだった。
「我は鎧、友を守る盾となろう――汝の怒り、汝の牙、すべてを我が身に受け止めん!」
巨漢が重い盾を構え、祝詞を唱える。
淡い金色の光が盾から放たれ、デザートベアの注意を強制的に引きつけた。
魔獣の目がガルガムに据えられ、咆哮とともに突進する。
ドオオオン!
前脚の一撃が盾に叩きつけられ、衝撃波が周囲の砂を吹き飛ばす。
ガルガムは巨躯をわずかに後ろに滑らせたが、盾で完璧に受け止めた。
その瞬間、レギオンが動いた。
フードの奥から取り出した小さな丸薬を、正確にデザートベアの顔面へ投げつける。
丸薬が破裂し、白い煙が爆発的に広がる。
デザートベアが視界を奪われ、動きが止まった。
「フィオナ!」
バルドの鋭い指示が飛ぶ。
小柄な少女が二本の杖を掲げ、短い詠唱を始めた。
「水よ、渦を巻け――アクア・ヴォルテックス! 雷よ、貫け――サンダー・ピアス!」
ダブルキャスターの力。
左手から渦巻く水流がデザートベアの巨体を包み込み、動きを封じる。
右手から放たれた雷槍が、水に導かれるように魔獣の胴体を直撃した。
「距離を取れ!」
バルドの叫びとともに、四人が一斉に後退する。
ゴオオオオン!
水と雷が融合した爆発が巻き起こり、デザートベアの巨体を包んだ。
焦げ臭い煙が立ち上り、魔獣の咆哮が断末魔に変わる。
巨体が砂の上に崩れ落ち、焦げた肉の匂いが風に乗って広がった。
戦闘は、わずか数分で終わった。
四人は息一つ乱さず馬車に戻ってきた。
バルドが剣の血を払い、笑う。
「いかがでしたでしょうか、お嬢様方?」
ヴァレリアは口を開いた。
「……いい連携だった」
短い言葉だったが、バルドの目が興味深げに細められた。
すぐにいつもの笑顔に戻り、軽く手を振った。
「いやぁ。褒められると照れちゃうねぇ」
馬車が再び動き出す。
車内の空気は、ほんの少しだけ柔らかくなった。
しかしヴァレリアの視線は、依然として四人を離れなかった。




