第29話
馬車は荒野の道を進んでいた。
車輪が石を噛むたびに車体が小さく軋み、埃が幔幕の隙間から舞い込んでくる。
セラーナとヴァレリアは座席に並んで座っていた。
金狼の牙の四人は反対側に横一列で腰を下ろしている。
左端から順に、フードを被った男、バルド、巨漢、そして小柄な少女。
ヴァレリアは膝の上に置いた手に力を込めながら、金狼の牙の四人を視界の端で完全に捉えていた。
出発前にヴァレリアが囁いた言葉を、セラーナはしっかりと守っていた。
「絶対に口を開かないでください。名前も、目的も、一切」
重い沈黙が続いていた。
それを破ったのは、バルドだった。
「そういえば、自己紹介をまだしてなかったね」
彼は軽く笑い、腰の剣を半分だけ抜いて見せた。
柄には金色の狼の牙を象った紋章と、流麗な文字で「ヴァルハルート」と刻まれている。
「俺はバルド・アイアンテール。この剣は、あの名工と名高いヴァルハルートの一振りだ! 竜種を一刀両断したこともある!」
そう言いながら、隣に座るフードの男を親指で軽く示す。
常にフードを被っており、顔の半分が影に隠れている。
「こいつはレギオン・シュタイゲイナー。斥候担当。口数は少ないが、目と耳は確かだ」
レギオンは小さく会釈しただけだった。
視線は一度もこちらに向かない。
続いて、バルドは体を少し捻り、自分の右側に座る巨漢の肘を軽く突いた。
「こっちはガルガム・ブランク。見た目通り力持ちだが、実は僧侶だ。北の戦僧団出身でな。盾役としても優秀だ」
ガルガムは落ち着いた声で言った。
「道中の傷は俺が癒します」
バルドが付け加えた。
「回復一回で銀貨一枚だ。格安だろ?」
最後にバルドは少し身を乗り出して、一番端に座る小柄な少女の肩を軽く叩いた。
見た目は十四、五歳くらいだが、瞳の奥に大人の色が宿っている。
「そしてフィオナ・ルミエール。ヴェルディアでも珍しいダブルキャスターだ」
フィオナはにこりと笑って、軽くお辞儀した。
「よろしくお願いしますね、お嬢様方」
セラーナは内心で身構えた。
――全員、強そうだ。
ヴァレリアの視線は微動だにせず、四人を完全に捉え続けていた。
筋肉がわずかに張り、いつでも動ける準備を整えている。
バルドが再び笑って、軽く肩をすくめた。
「で、君たちは? 名前くらい教えてくれてもいいだろ? せっかく同じ馬車なんだ。道中、退屈しないようにさ」
ヴァレリアが、初めて口を開いた。
「……必要なら、そのうち」
馬車の中の空気が、ほんの少しだけ冷えた。
バルドは目を据えたが、すぐにいつもの笑みを戻した。
「ははっ、警戒心が強いな。まあいいさ。長い旅だ、ゆっくり仲良くなろうじゃないか」
外では風が埃を巻き上げ、幔幕をはためかせる。
誰もが口を閉ざし、再び沈黙が戻った。




