第28話
食事が終わり、皿が空になると、ヴァレリアが立ち上がって片付けを始めた。
セラーナは窓の外を見ながら、言った。
「それでは護衛を雇いに、酒場へ行きましょう」
ヴァレリアは手を止め、静かに唇の端を上げた。
「はい。魔王様のお望みのままに」
宿を出て、朝の石畳の通りを歩き始めた二人。
陽光はまだ柔らかく、市場の喧騒が遠くから聞こえてくる。
ヴァレリアが一歩前を歩き、セラーナはその背後に控えていた。
すると、前方から一人の女が近づいてきた。
金髪を短く切り揃え、革の軽鎧に身を包んだ長身の女。
腰には長剣を一本、背中には小さな盾を背負っている。
年齢は二十代半ばといったところか。
鋭い目元と、口元の薄い笑みが印象的だった。
女は立ち止まり、二人の前で堂々と腕を組んだ。
「あなたたちだよね。リベリオンって」
ヴァレリアの反応は即座だった。
右手を腰の短剣にかけ、一歩前に出る。
「いきなりなんだ、お前は」
セラーナはヴァレリアの背後で、わずかに眉を寄せた。
杖の柄にそっと指を置き、いつでも魔力を込められる体勢を取る。
女は肩をすくめ、笑った。
「私はシエラ・ヴォルフベイン。ヴェルディアを拠点とするクラン『金狼の牙』の一員よ。それで、あんたたちがリベリオンでいいのよね?」
ヴァレリアの短剣の柄を握る手が、わずかに強張った。
「それでその金狼が何の用だ?」
シエラはわざとらしく首を傾げ、嘲るような視線をヴァレリアに投げた。
「うちのリーダーがあんた達に用があるって。言わなきゃ分かんないかな? 魔族って察しも悪いのね」
ヴァレリアの口元が歪む。
「そうだな。朝から不細工を拝まされる気分が分からない奴よりはマシだがな」
シエラの笑みが消えた。
瞳に冷たい光が宿り、腰の長剣の柄に指を這わせる。
「あー、殺すわ」
朝の風が、二人の間に緊張を運んだ。
シエラが剣を抜きかけたまさにその時――誰かの手が、軽く彼女の肩をポンと叩いた。
「何をしている」
耳元で、ぼそっと呟かれた声。
シエラの動きがぴたりと止まる。
彼女はビシッと姿勢を正し、剣から手を離した。
そして慌てて振り返り、頭を下げた。
「失礼致しました! バルド団長!」
バルドはシエラの肩を軽く叩き直した。
「ご苦労下がっていいぞ」
シエラは無言でバルドにもう一度頭を下げ、一切振り返ることなくその場を去っていった。
バルドはヴァレリアに向き直り、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「すまないねぇ、うちの若い子が」
ヴァレリアは短剣から手を離し、淡々と応えた。
「ちょうど朝の体操がしたかったところだ。残念だ」
バルドは小さく笑い、肩をすくめた。
「いやいや、本当にすまない。貸しを作ってしまったな」
ヴァレリアは腕を組み、鋭い視線を向ける。
「それで俺たちに何の用だ?」
バルドは軽く頷き、続けた。
「ふむ……君たちがリベリオンと聞いてね。ヴェルディア方面に向かうのではと踏んだのだよ」
ヴァレリアの眉がわずかに動いた。
「要領を得ないな。はっきり言え」
バルドはセラーナの方に軽く視線をやり、笑みを濃くした。
「女性とメイド。強さは酒場で見たが馬車は出ないだろう。それに見たところそちらは貴族だな? 下手な男と同乗は避けたいのではないかと思ってね」
ヴァレリアは即座に切り返す。
「いくらだ?」
バルドは手を振って笑った。
「いやいや、我々もここでの依頼が昨日終わってね。ヴェルディアに戻るところだったんだ。ちょうど借りもできてしまったようだし、道中魔物を狩った分は六割が我々、魔族は六割が君たちの取り分という事でどうかな?」
「……いいだろう。いつ発つ」
バルドの表情が明るくなる。
「馬車はもう用意してある。君たちの準備ができ次第向かおう」
ヴァレリアは短く答えた。
「分かった」
バルドは優雅に頭を下げ、セラーナに視線を向けた。
「ではお待ちしているよ。ご令嬢殿」
そう言い残すと、彼もまた去っていった。
その背を見送ると、ヴァレリアが小さく息を吐いた。
「はめられたな」
セラーナは少し不安げに尋ねた。
「今のは……」
ヴァレリアは周囲を見回し、答えた。
「ドルガンで冒険者はもう捕まらないでしょう。罠かもしれません」
「……そうなのですね」
ヴァレリアはセラーナの前に立ち、告げた。
「有事の際は私を置いてアミュレットを起動してください」
セラーナは言葉を詰まらせ、静かに受け止めた。
「……分かりました」
朝の陽光が石畳を照らす中、二人は宿へと戻る道を歩き始めた。
新たな旅の始まりは、波紋を広げようとしていた。




