第3話
荒々しい波を越え、数日かけて海を渡る。
甲板に立ち、遠ざかる聖国の海岸線を見つめながら、セラーナは残る痛みを噛みしめた。
誰にも認められず、誰にも感謝されず、それでも懸命に守ろうとした国。
王太子の隣にいたかったのは、愛だけではなく、この国を共に支えたいという想いでもあった。
夜の海は暗く、波の音だけが響く。
だが、その波音に混じって、時折聞こえる帆のばたつきや、船底のきしむ音、甲板を歩く船員たちの足音が、セラーナの耳に異様に大きく響いた。
闇の中で動く影――船員の一人が縄を巻く姿や、別の者がこちらをちらりと見る気配に、彼女の体がびくりと反応する。
(もし、あの衛兵たちのように……不埒な者がいたら……)
誰も助けてくれない海の上。
心臓が不規則に跳ね、闇の中の影の一つ一つが脅威に思えた。
ドレスの裾を握りしめる手が、汗で滑る。
海の上で、誰も助けてくれない――その現実が、孤独な重しとなって肩にのしかかる。
一人、甲板の端に腰を下ろしたセラーナは、膝を抱えた。
指先が震えていることに、初めて気づいた。
(私……怖いのね)
心の奥で、そんな弱音が漏れた。
彼女は身を起こし、冷たい風に髪をなびかせながら、水平線を見つめた。
そして、ついに――
霧に覆われた黒い大地が見えてきた。
魔界。
セラーナは甲板に立ち、独りごちた。
「……ここが、私の新しい居場所」
瞳に宿っていたのは、諦めではなかった。
抑えた、だが確かな炎。
(次は、少しでも誰かに好かれたいな……)
これまで抑え込まれていた何かが、今、じわじわと目覚め始めていた。
もう、誰かの期待に応えるためではなく。
自分のために。
この新しい大地で、初めて――。




