第2話
その夜、セラーナ・アルカディアは王宮の衛兵たちに囲まれ、粗末な馬車に乗せられた。
見送る者は一人もいない。
かつて「王家の剣と盾」と讃えられたアルカディア家の長女が、罪人のように扱われることに、衛兵たちは最初のうちは無言だった。
馬車が王都の門をくぐり、港へと向かう道すがら、御者台の衛兵たちの声が漏れ聞こえてきた。
「魔界行きだってよ。あのアルカディアの娘が」
「無能が王太子妃の座にいたこと自体が笑いものだったな」
低い笑い声が続き、もう一人が声を潜めて言った。
「魔界で野垂れ死ぬくらいなら、俺たちが先に遊んでやらないか?」
「馬鹿言うな。いくら無能だとしても、俺たちの首が飛ぶ」
「ちっ、残念だぜ。久しぶりの女だってのによぉ」
その言葉が耳に突き刺さった瞬間、セラーナの胃がねじれるような嫌悪が込み上げた。
――こんな人たちに、触れられるなんて……絶対に嫌……
吐き気が喉元までせり上がり、指先が冷たくなる。
これまで剣術の鍛錬で鍛えた体が、今はただの女の体に感じられて、震えが止まらなかった。
馬車の揺れに合わせて、胸の奥で古い記憶が疼いた。
幼い頃、アレクシスと庭で交わした約束。
「セラーナと一緒なら、どんな敵も倒せる」
――あの輝く笑顔。
アルカディア家の期待を一身に背負い、魔力が目覚めないまま毎日剣を振るう日々。
父の失望の視線、母の溜息、側近たちの陰口。
「無能」
「王家の恥」
……それでも、彼女は笑顔で耐えていた。
この国を、この人たちを守るために。
なのに、今――すべてが崩れ落ちた。
だが、すぐに彼女は唇を噛み、視線を窓の外の闇に固定した。
(この国を……私は、愛していたのに)
衛兵たちは馬車を港の端で止め、セラーナを無造作に降ろした。
「船はあそこだ。乗ったら二度と戻るな」
短い言葉だけを残し、彼らは踵を返して去っていった。
残されたのは、波の音と、霧の立ち込める桟橋だけ。
セラーナは一人、甲板へと続く板橋を歩き始めた。
背後で馬車の車輪が遠ざかる音が、すぐに夜の闇に飲み込まれた。
冷たい夜風が頬を撫でた瞬間、熱いものが目頭に込み上げてきた。
視界が滲む。
――ダメよ、セラーナ。今ここで泣いたら、全部台無しになる。
彼女は唇を噛み、瞬きを繰り返して涙を押し戻した。
握りしめた拳が、ドレスの布をきつく掴む。
港の小さな船に乗せられ、船はすぐに帆を上げた。
船員たちはセラーナを一瞥しただけで、無言で縄を解き、甲板の隅に追いやった。




