第25話
男の手がセラーナの頬に届く寸前――ヴァレリアの蹴りが、男の股間を正確に、容赦なく砕いた。
ドガアッ!
鈍い音が響き、男の巨躯が酒場のドアまで吹き飛ばされる。
男は悶絶しながら気を失った。
ヴァレリアは足を下ろし、カウンターに肘をついて言った。
「客は取らねぇ。寝相が悪いもんでな」
酒場が静まり返った。
次の瞬間――大爆笑と歓声が沸き起こった。
「はははっ! やるじゃねえか、嬢ちゃん!」
「一撃たぁ! 強ぇなおい!」
「酒おごるぜ! もっと飲めよ!」
荒くれ者たちがテーブルを叩き、拍手まで送ってくる。
空気が一気に和やかになり、ヴァレリアの株が爆上がりしたのは明らかだった。
セラーナはヴァレリアに視線を向けた。
「……ありがとう、ヴァレリア」
ヴァレリアは静かに目元を緩め、セラーナの横に控えた。
「魔王様のお側にあのような者が近づくなど、許せません」
その言葉に、セラーナの胸が温かくなった。
酒場の喧騒の中で、二人は酒を傾けた。
酒場の喧騒が少し落ち着いた頃、ヴァレリアはカウンターのマスターに声を潜めて尋ねた。
「狩りたいのは魔物じゃねぇ。魔族だ。今いくらで売れる?」
マスターはグラスを磨く手を止めた。
「おめぇ、リベリオンか……いや、何でもねぇ。最近は魔族の値段も下がっちまった。先の黒岩事変の影響で、依頼自体がほとんどなくなった。ここに残ってるヴェルディア軍も、近々撤退するって話だ」
ヴァレリアが眉をわずかに寄せる。
「撤退? 及び腰すぎねぇか?」
「なんでも、英雄をぶちのめした化け物が現れたとかでな。ヴェルディアの上層部がビビってるらしい。逆に黒岩の復興支援の依頼の方が多くてよ、冒険者どもはそっちに流れてる」
ヴァレリアは小さく舌打ちし、グラスを置いた。
「……そうか。残念だ」
そう言うと、セラーナに軽く目配せをし、席を立つ。
二人が扉をくぐって出ていくと、少し遅れて一人の冒険者がカウンターに近づいてきた。
鋭い目元に整った顔立ち、金髪を後ろで軽く束ねた長身の男――バルドだ。
腰には磨き上げられた長剣が一振り。
酒場の荒くれ者たちの中では、どこか浮いた存在感を放っている。
バルドは硬貨を二、三枚置きながら、マスターに小声で尋ねた。
「あの女たち、なんだって?」
マスターは硬貨を素早くしまい、肩をすくめた。
「同族狩りだ」
バルドの眉がわずかに寄る。
整った顔が翳りを帯びた。
「リベリオンか……」
マスターはグラスを磨きながら、ぼそりと返す。
「俺は何も聞いてねぇからな」
バルドも苦笑いを浮かべた。
「俺も何も言ってねぇよ、マスター」
だがその笑みには、どこか冷たいものが混じっていた。




