第22話
魔王城の玉座の間は、いつもの静寂に包まれていた。
リオの転移魔法が解けた瞬間、セラーナは玉座の階段の前に立っていた。
ヴァレリアがすぐ横に控え、リオは少し離れて着地する。
広間にはすでにヴェルドラントとエリークスが待っていた。
二人は玉座の前で膝をつき、頭を垂れている。
リオは無言で二人の横に並び、跪いた。
ヴァレリアは数歩後ろに下がり、膝を折る。
セラーナは階段を上り、玉座に腰を下ろした。
「……ただいま戻りました」
ヴェルドラントが顔を上げた。
「魔王様、お帰りなさいませ。査察はいかがだったでしょうか」
セラーナは少し間を置き、簡潔に答えた。
「……ひどい状態だったわ」
エリークスが眼鏡を軽く押し上げ、瞳をリオに向けた。
「リオ。お前はどう見た」
リオは跪いたまま、にこりと笑って首を傾げた。
「えー? 転移ばっかりしてたから、細かいところはあんまり覚えてないや。でも、魔王様がめっちゃかっこよかった!」
その適当さに、エリークスが小さくため息をついた。
眉間にわずかな皺が寄る。
「……ヴァレリア。お前からは何かあるか」
ヴァレリアは跪いたまま、姿勢を崩さず、報告を始めた。
「黒岩の前哨はほぼ壊滅状態でございました。残存魔族はまだ把握しきれておりません。ほとんどが重傷か奴隷化されておりました。我々が到着した際、ヴェルディア軍が魔族の少年を処刑しようとしており、魔王様のご命令で介入。その後、ルクスヴァルト帝国の騎士団――ジークフリート・ヴァルハルト分隊長率いる部隊と遭遇。一時的な対峙がありましたが、戦闘には至らず。直後、天槍のエギルおよびヴェルディア残党が襲撃。魔王様の魔力領域展開により敵魔法を完全に封じ、リオが槍と残党を遠方へ転移除去。私がエギル本体を制圧いたしました。魔族少年一名を救出、回復させて現地に残置。以上です」
エリークスが頷き、ヴェルドラントが頭を下げた。
「魔王様。初の査察、そして初の戦闘で勝利を飾られるとは……誠に素晴らしい」
その言葉に、リオが目を輝かせて顔を上げた。
「魔王様は本当に素晴らしかったよ! あんな風に、敵を圧倒するなんて……僕には絶対できないや!」
玉座の間で、静かな熱が広がった。
ヴェルドラントが進言した。
「魔王様。長旅と戦闘でお疲れでしょう。ヴァレリア、自室へご案内せよ」
ヴァレリアが即座に立ち上がり、一礼した。
「畏まりました。魔王様、どうぞこちらへ」
セラーナは頷き、玉座から立ち上がった。
ヴァレリアに導かれ、広間を後にする。
その背中が遠ざかるのを、ゼクスたちは見送った。
扉が閉まると、残されたヴェルドラント、エリークス、リオの三人は顔を上げた。
やがて、重厚な扉が再び開き、ライアンとガルガンドが入ってきた。
二人は無言で列に加わり、軽く頭を下げる。
ヴェルドラントが口を開いた。
「リオ。我々に、何か伝えたいことがあるのではないか?」
リオがにこりと笑った。
「さすがヴェルドラント、何でもお見通しだね」
リオは立ち上がり、無邪気な笑みを浮かべたまま、語り始めた。
「みんなに伝えなきゃって思ってたんだ。新魔王様は……本当に慈悲深いよ。あの少年を、死にかけていた魔族の子供を、魔王様は自分の魔力で助けた。救えるものは救う……そんな魔王様なんだ」
エリークスが珍しく口元を緩めた。
「なんとなんと……」
ライアンが不敵な笑みを浮かべ、腕を組んだ。
ガルガンドは大きな掌を拳で叩き、満足げに頷く。
ヴェルドラントが立ち上がり、皆を見回した。
「では、世界を慈悲で満たそうではないか」
その言葉に、五人の目が一斉に輝いた。
魔王城の闇は、動き始めていた。




