第19話
天を一筋の閃光が駆け下り、灼熱の軌跡を残して地面に突き刺さった。
轟音。
土煙と黒煙が爆ぜ、衝撃波が広場を薙いだ。
「――っ!」
リオの指がセラーナの腕に触れ、二人は十メートル以上後方へ飛ばされる。
ヴァレリアは倒れた少年を抱えたまま横に跳び、瓦礫の陰に着地した。
少年の小さな体をしっかり守りながら、短剣を抜く手は微塵の遅れもなかった。
ジークフリートとフリーデリケの馬が嘶き、前脚を高く上げて暴れた。
二人は落馬し、地面に叩きつけられる。
馬は膝を折り、苦しげに息を吐いて動かなくなった。
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、一人の人間だった。
ヴェルディア軍の重騎士鎧をまとい、手に握る長槍は異様なまでに長大。
鎧は深紅に染まり、血の海から這い上がってきたかのようだった。
ジークフリートが地面に膝をついたまま、顔を強張らせて唸った。
「……その鎧……その槍……まさか、天槍のエギルか!?」
フリーデリケも剣を抜き、構える。
「……ヴェルディアの英雄が、なぜこんな場所に」
エギルは槍を地面に突き立てた。
狂気じみた笑みが零れる。
「仲間がやられたと思ったら、なんと騎士国の方々かぁ。やってくれたなぁ」
エギルは唇を歪めて、呟き始めた。
「ディテクト・ライフ・エクステンション」
バアアアオオンッ
言葉が終わるや否や、周囲の空気が重く震え、埃と血の匂いが渦を巻いた。
広場に散らばる生命の灯が、星図のように彼の視界に浮かび上がる。
遠くの廃墟に潜む小さな虫の息吹さえも、容赦なく捉えていた。
続けて、声を一段と落とした。
「ターゲット・マーキング・チェイン」
トゥウウウウン
青白い光の粒が虚空に無数に散り、探知した生命反応一つ一つに絡みつき、確実にマーキングしていく。
セラーナ、ヴァレリア、リオ、そして倒れた少年の位置が、エギルの頭の中に鮮明に、鎖のように繋がって刻み込まれた。
ジークフリートは舌打ちし、剣の柄に手を置いた。
「くっ……退路が塞がれたか」
エギルは槍を軽く振り回した。
「騎士国以外にも三人か。魔族の生き残りと捕虜だな? ついでに殺しとくか」
「フリーデリケ! 逃げろっ!」
バシュウウウウウッ!
ジークフリートの叫びが響くより早く、エギルの槍が放たれた。
一直線にフリーデリケの頭を狙い、灼熱の軌跡を引いて飛ぶ。
ギギギギギギギギッ!
ジークフリートは咄嗟に剣を振り抜き、槍の軌道を逸らした。
槍はフリーデリケの左頬を掠め、衝撃だけで彼女の体を後方へ吹き飛ばす。
フリーデリケは地面に叩きつけられ、脳震盪で意識を失った。
ジークフリートは横目でそれを確認しつつ、エギルから視線を外さない。
エギルは右手を軽く掲げ、呟いた。
「ウェポン・リコール・オーバードライブ」
ヒュルルルルルルルル
槍が弧を描き、轟音とともに手元に戻ってくる。
戻る途中で槍身が赤く熱を帯び、威力がさらに増しているかのように空気を焦がした。
ジークフリートは唸った。
「これが天槍のエギル……楽には勝たせてくれないか」
エギルは槍を肩に担ぎ、嘲るように笑った。
「俺の槍を弾くとは……その剣か」
ジークフリートが剣を掲げる。
「ばあちゃんが夜なべして作ってくれた業物だ」
エギルが鼻で笑う。
「騎士国ではよほどウケるのだろうな」
ジークフリートは息を吸い込んだ。
「ストーム・エンハンス!」
ビビビビビビッバヂヂヂッ
青白い雷光が体を包み、筋肉が膨張する。
鎧の継ぎ目が軋み、地面を蹴った衝撃波が砂塵を巻き上げた。
バヒュッ!
次の瞬間、彼の姿が消えた。
エギルとの距離が電光石火で詰まり、剣が閃いた。
ジークフリートが吠えた。
「ファントム・ブレードダンス!」
バシュシュシュシュシュシュッ!
連続する金属音が鳴り響き、同時に質量を持った残像が四方八方からエギルを襲う。
エギルは槍を高速で回転させ、冷ややかに笑った。
「スカイピアス・ビジョン――」
世界がスローモーションに変わる。
ギンギンギンギンギンギンッ!
実体と残像、すべての斬撃を視て、すべて弾く。
槍が弧を描くたび、火花が散り、空気が裂ける。
「雑兵にしてはやるが……格が違う」
その時だった。
ジークフリートの後方から、煙の向こうに潜んでいたヴェルディア軍の残党が三人現れた。
同時に手を掲げ、赤い魔力光が収束する。
「「「インフェルノ・バースト!」」」
三発の炎の魔弾が一直線に飛んだ。
ドゴオオオオオッ!
ジークフリートの背中を直撃し、鎧が赤熱して溶け始める。
「ぐはっ!」
激痛に体が前のめりになる。
エギルはその隙を見逃さない。
ドゴアッ!
槍の石突でジークフリートの胴を突いた。
衝撃が体を貫き、ジークフリートは十メートル以上吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
鎧がひび割れ、口から血が噴き出す。
「これで……英雄とは……」
意識が遠のく。
最後に見たのは、血に染まった空と、嘲るように笑うエギルの姿だった。
エギルは槍を肩に担ぎ、近づいた。
「殺して生きてりゃ英雄なんて誰でもなれるもんさ」
ヴェルディア軍の一人が、剣を抜きながら尋ねた。
「この者は連れて行きますか?」
エギルは肩をすくめた。
「やめておけ。今戦争しても聖国は手を貸さん。……お前が殺したいなら好きにしろ」
兵士が剣を振り上げた――その瞬間。
「なぜそう簡単に人を殺せるのですか!」
静かだが、鋭く響く声。
煙の向こうから、セラーナが飛び出してきた。
ヴァレリアが慌てて後を追い、セラーナの腕を掴もうとしたが、わずかに遅れた。
エギルは槍を地面に突き立て、顔を上げた。
「あぁ?」
広場の風が、血と焦げた匂いを運んでいく。
新たな対峙が、今、始まろうとしていた。




