第18話
焼け跡の広場に、馬蹄の音が響き渡った。
ヴァレリアの反応は即座だった。
セラーナの前に一歩踏み出し、黒いメイド服の腰に差した短剣の柄に、手を置く。
筋肉の隆起がわずかに動き、いつでも抜刀できる体勢を取った。
瞳は冷たく、獲物を睨む猛獣のようだ。
リオもまた、セラーナの斜め前に滑り込むように移動し、瞳を細めてにこりと笑った。
だがその笑みの奥には、鋭い警戒の光が宿っている。
指先が微かに動き、転移の魔力をいつでも発動できる準備を整えていた。
ジークフリートが馬を降り、近づきながら声を上げた。
よく通る声だ。
「我らはルクスヴァルト帝国騎士団、分隊長ジークフリート・ヴァルハルトだ。ここで何が行われた? ヴェルディアの残党を片付けたのは、お前たちか?」
セラーナは息を詰めた。
相手は人間側の軍勢。
それでも、彼女は無意識に体が動いていた。
優雅にスカートの端をつまみ、一礼する。
「ご挨拶申し上げます。突然のことで失礼いたしました」
――しまった。
礼を終えた瞬間、セラーナは自分の仕草に気づき、唇を噛んだ。
あの聖国貴族特有の、洗練された所作。
魔界の荒廃した地で、こんな礼をする者などいるはずがない。
隣に控えるフリーデリケが一歩進み出た。
セラーナをまっすぐに見据える。
「……その礼儀作法、そしてお顔立ち。まさか――聖国エリュシオンの、王太子妃セラーナ・アルカディア様では?」
ジークフリートの眉がぴくりと動き、視線が鋭くなった。
「聖国の王太子妃……? なぜこんなところに」
声には明らかな困惑と、どこか苛立ちが混じっていた。
ヴァレリアの短剣の柄を握る手が、わずかに強張った。
リオの笑みが深くなり、しかし瞳の奥は冷たい光を放っている。
セラーナは表情を落ち着かせた。
「……人違いかと存じます。私はただの旅の者です」
フリーデリケはジークフリートをちらりと見てから、進言した。
「分隊長。ここは引きましょう。相手の正体が分からない以上、深入りは危険です。それに……ヴェルディアの残党処理が先決でしょう」
彼女はさらに声を潜め、ジークフリートにだけ聞こえるように付け加えた。
「……あの娘、ただの貴族ではない気配がします。魔族を二人も従えている時点で、普通ではありません」
ジークフリートはしばらくセラーナを見つめ、拳を軽く握った。
「……ふむ。確かに、妙な場所で妙な出会いだ。今日はこれで退くが――また会うこともあるかもしれないな」
彼はフリーデリケに目配せし、馬に跨った。
整然と方向転換し、煙の向こうへと去っていく。
セラーナは彼らの背を見送りながら、胸を押さえた。
心臓が、激しく鳴っていた。
ヴァレリアが短剣から手を離し、セラーナの横に控える。
「魔王様……ご無事で」
リオがにこりと笑い、肩をすくめた。
「襲ってこない人間もいるんだね」
セラーナは小さく頷き、回復した少年を見下ろした。
「……ええ。では、彼を安全な場所へ」
刹那、空が裂けた。




