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4話 アンノウン もう一つのアナザーストーリー

三月。

高校の卒業式を終えた俺は、札幌にいた。

卒業旅行ではない。

空手の流派の本部合宿だ。


「覇極流」。


マンガの登場人物が使いそうな名前だが、

実際の中身は、かなり厄介というか、

正直ハードモードな理合を持っている。


まず前提として、人間が今、目で見ているものは、

実際には約〇・二秒過去の映像だ。

神経伝達の遅れによるもので、

現実との間には、必ずズレが生じている。


うちの流派は、

このズレ——

つまり、認識できない時間、

虚実を攻撃することを是とする。


もう一つの要が、仙骨を入れるという考え方だ。


仙骨を起点に身体をまとめることで、

バラバラだった各部位が一体化する。

同時に、関節が持つショックダンパー機能が外れ、

体重が、そのまま打撃に乗る。


結果として生まれるのは、

浸透力のある一撃。

強烈な体当たりに近い。


無防備な背後から、

突然バイクで突っ込まれる。

そんなイメージだと思えばいい。


口で言うのは簡単だが、

この二つを同時に成立させるのは、かなり恐ろしい。


今、目の前では、

呼吸の詰まったセナが、

道場の床に突っ伏していた。


正面に立つのは、

身長一九〇センチ近い、二十歳過ぎの男。

松尾。


道着の隙間から覗く身体には、

いくつもの古い傷跡が走っている。


俺と同じ、震災被害者らしい。

アメリカの総合格闘技ジムでも、

そう簡単には見ない威圧感だ。


セナも黒帯ではあるが、

この二人の差は、

高校球児とメジャーリーガーくらいある。


——以前の俺なら、

たぶん、ここでびびってへたり込んでいただろう。

笑。


俺はセナの奥襟を掴み、

そのまま道場の端へ引きずっていった。


二分後。

松尾と向かい合う。


合図も、溜めもない。


ノーモーションのまま、

ストライクを鳩尾へ。

続けて、左フックを左顎へ、

静かに叩き込む。


それだけだ。



そして翌月。

二〇一五年四月六日。


俺は名古屋で、始業式を迎えていた。


昨年の末、親父は転職を機に一足先に名古屋へ移り、

俺と母は、そこへ合流する形になった。


親父の転職先には、

海外駐在員となった社員の住宅を会社が借り上げ、

それを別の社員へ社宅としてリーズナブルに貸し出す、

少し変わった福利厚生制度がある。


親父にあてがわれたのは、

地下鉄の終点駅から徒歩十分ほどの場所にある一軒家だった。


カリフォルニアなどでよく見かける

アーツ・アンド・クラフツ様式。

四角錐のポーチ柱が印象的な、

マットなミリタリーグリーンの外壁。


傾斜地を利用したコンクリート造の地下車庫を備えた北西角地。

敷地は五十坪、建物は四十坪の3LDK。

車庫の上には、二十五畳ほどのルーフテラスが広がっている。


車庫前のアプローチには車が一台。

玄関前のスペースには、バイクも停められる。


——いかにも、車の街・名古屋らしい家だった。


結局、俺が編入したのは、

同じ千種区にある旧帝大ではなく、

近くに巨大な東山公園を臨む、愛知県立高専だった。


ここは元々、工業高校の跡地に作られた学校で、

高専としては比較的新しい。


俺が今回、大学ではなく高専を選んだ理由は、

わかりやすく言えばコストパフォーマンスだ。


高専からであれば、成績上位者の場合、

英語と数学、あとは面接程度で、

有名国立大学へ編入できる。


いくつかの海外の大学からも声はかかったが、

イタリアに四年、シンガポールに半年住んだ経験から言えば、

今は外国よりも、日本の空気と水の方が身体に合う。


急ぐ理由はない。

海外へ出るなら、大学院からでも遅くはない。

それが、偽らざる実感だった。


家から学校の校門までは五キロ弱。

地下鉄を使えば、家から教室までドアツードアで三十分。

フォーカスを切り替えるには、ちょうどいい距離感だ。


社宅のある藤が丘駅は、

地下鉄の終点であると同時に、

リニアモーターカーの始発駅でもある。

高速道路の入口にも近いため、

大企業勤務の転勤族が多く、

駅周辺には小洒落たマンションが立ち並ぶ。


また、学校最寄りの星ヶ丘駅南側には、

三越から東山公園へと続く、

原宿・表参道を思わせる洒落たストリートが延びている。


上手いトラットリアが一軒あれば、

なおいいと思った。



編入オリエンテーションでは俺以外にも二人、工業高校からの

編入生がいた。



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