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2話 アンノウン もう一つのアナザーストーリー

リビングでは、母がバイオリンを弾いていた。

一応、バイオリンの講師で、高校などでも教えている。


弓を置くと、母は振り返りもせずに言った。


「どうだった、私のコーディネート?」


その声には、はっきりとした含みがある。


「ああ。丸眼鏡は、あれはあれで気に入ったから、これからも時々使うよ。

ネクタイは……少々、“おいたが過ぎる“」


そう答えると、そのまま浴室に向かう。


俺も親父も、ファッションに強いこだわりはない。

いや、機能性については一言あるが、基本的には母任せだ。

靴と下着くらいは自分で選んでいるが、それ以外は概ね放置している。

——おかげで、時々ハメられる。


まあ、会社でコスプレしている親父に比べれば、まだ可愛いもんだ。


シャワーを浴び、短い髪を整えながら洗面所の鏡を見る。


見事に「吉川晃司体型」だと、よく言われる。

広い肩幅。無駄なく締まった筋肉。

特に広背筋が羽根のように張り出す様は、ギリシア彫刻を思わせ、

また下半身はシュッとしており、ジーパンは切らないでも履ける。


(ちなみに一年の学祭では、なぜかシンバルキックを担当させられた。)


だが、見た目よりもはるかに体重がある。

身長一八一センチに対して、九五キロ。


ミドル級の外観で、中身はヘビー級。

まあ、時々喧嘩を売ってくる連中には、

「人は見かけによらない」という、

良い教訓を与えることになる。


セナなどは、俺の真似をして、

わざと重たいダナーのモンキーシューズを履いているが、

あれは喧嘩用というより、

俺の体重を支えるのにちょうどいい強度だからだ。

バイクに乗る時にも、具合がいい。


正直に言えば、

今日はコール・ハーンを履きたかった。

——まあ、我慢だ。


自分で言うのも何だが、

他にもいろいろ、おかしなところがある。


例えば、ブラックライトに当たると、

髪や爪が、うっすらと蛍光する。


クラブやカラオケでは悪目立ちする。

おかげで、俺にとっては鬼門になった。


助っ人で出た陸上競技の都大会では、

だいたいフライングを取られる。

毎回、日本新記録相当のタイムを出しているのに、

その度に物言いが入る。


一番厄介なのは、

本来は女性にしか現れないと言われている

四色色覚という特性だった。


芸術家には有利だと言われるが、

日中は色のノイズが多すぎて、正直うるさい。


ファンデーションの下の痣まで見えてしまう。

だから昼間は、紫外線を落とす偏光眼鏡が欠かせない。


普段はスポーツタイプだ。

今日は式典だったから、

母の——多少悪意のある——丸眼鏡をかけていた。


もっとも、悪いことばかりじゃない。


このマンションから学校まで、五キロ。

毎朝、パルクールの練習を兼ねて走って通っている。

息切れも、疲労も残らない。

腕立て伏せ千回も、苦にならない。


また、一度見た技なら、

塚原卜伝の息子みたいに、そのまま再現できる。


だが、それは生まれつきじゃない。


二〇一〇年の冬。

中国・武漢でのゲーム大会から帰国し、高熱を出した。

あのあとからだ。


俺の身体の構造は、

何か別のものと、

静かに入れ替わっていた。


再び、リビングからバイオリンの音が響く。


曲は、《G線上のアリア》。


この曲を子守歌代わりに育った俺は、

バロック派だが、ビートルズも好きだ。

古くて、新しい。


逆に、鬼束ちひろは、

耳栓をして聴くと、ちょうどいい。


構造がシンプルで、

無駄がないものがいい。


それは、音楽でも、

身体でも、

たぶん——生き方でも。



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