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1話 アンノウン もう一つのアナザーストーリー

グリッシーニを齧りながら、俺は言った。

「これも種無しパンらしいな」


「種無しパン?」と真名美が首を傾げる。


「ああ、無酵母パンのことですね」

セナが、いつもの調子で補足する。


「そう。種も、仕掛けもないパンさ」


そう言うと、


「先輩、変わらずですね。

先輩がいないおかげで、世の中ずいぶん平和でしたよ」


「寸止めの試合で、フルコンとの切り替えができなくて、

つい当てちまうおまえに言われるとはな。」


——三人揃って、笑った。


最後にデザートとして、パンナコッタとティラミスの盛り合わせをエスプレッソでいただく。

この店がこれらのドルチェを日本に広めた店だというだけあって、味付けは相変わらず絶妙だった。


彼らと別れ、総武線に乗る。

JR千駄ヶ谷駅で降り、千駄ヶ谷門をくぐって新宿御苑内をショートカットし、そのまま大木戸門を抜ける。

甲州街道を四谷四丁目方面へ。

沿道から一本南に入った、新宿御苑の駐車場に隣接する高層マンションへ向かった。


エレベーターは使わず、四階まで階段で上がる。


俺が東北震災に遭遇したのは、高一の終わりのことだった。


福島第一原発事故による避難勧告エリア、半径三十キロ圏内に実家があり、当時は空き家になっていた親父名義の南阿佐ヶ谷住宅に避難した。

そこは前川國男設計による、モダニズム建築の傑作と評される古い団地だったが、すでに建て替えが決まっており、アメリカから帰国した頃には更地になっていた。


親父はその権利を売り、電力会社からの補償金と合わせて、たまたま売りに出ていたこの築浅マンションの四階南東角部屋を購入した。


これ以上高い階だと、非常時の脱出確率が下がる。

その点、三人家族で百一平米という広さは、都心では悪くない。


親父はメーカー勤務でありながら一級建築士でもあり、さらに弁理士、税理士の資格まで持っている。

よく言えば多能、悪く言えば器用貧乏の見本のような男だ。

だが潰しは利くらしく、海外出張は相変わらず多く、現在は愛知県にある超大手メーカーへの転職が、ほぼ内定している。


一方、俺はというと——

中二でイタリアから帰国し、福島の高校で東北震災に遭遇。


震災特例で、

工業高校でありながら高専並の学力水準を求められる

「都立工芸技術高校」に編入し、NRC経由で留学した

ニューヨーク北部のマグネットスクールで、

二年ぶりに凱先輩と再会した。


再会は、2010年冬の中国・武漢市でのゲーム大会以来だった。

あの時、薬膳料理屋で食べた「生きたサソリ」のことは、一生忘れないだろう。


お互い帰国後に高熱を出し、一週間ほど生死の境を彷徨った。


——今思えば、“タネも仕掛けもあった”のだろう。


当時、俺は中学三年。凱は高専二年だった。


二人とも四月一日生まれの、ギリギリ早生まれ。

そのせいか、妙なシンパシーがあった。


四月一日生まれというのは、幼い頃は何かとハンデが多い。

一歳児検診で「パパ」と「ワンワン」しか言えなかった俺を、両親はずいぶん心配したらしい。


そして——

インテル国際科学フェアで、俺たちの共作はグランプリを受賞した。


帰国後、再びそれぞれ別の道を歩み始めたが、

それでも彼との邂逅は、確実に世界線をずらした。



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