8話 アナザーストーリー 佐反兄弟
――沈黙する審査員――
2012年5月。
俺は、ペンシルベニア州ピッツバーグのコンベンションセンターに立っていた。
開催されているのは、インテル国際科学フェア。
世界70か国から選抜された約1500チームが集う、
いわば高校生版の科学オリンピックだ。
日本から出場しているのは、わずか4チーム。
そして俺も、その中の1人だった。
もっとも――
会場に並ぶ研究テーマの中で、
俺のものは明らかに浮いていた。
物理、化学、バイオ、AI。
王道のタイトルが整然と並ぶ中、
俺の研究は、根本から異質だった。
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俺の研究が扱うのは、
楢崎流風水による環境ノイズ低減が、
人間のフォーカス状態に与える影響である。
環境中の電場・磁場・静電ノイズを調整することで、
人間の知覚と判断は安定する。
その結果として、
・因果律の認識精度
・行動選択の再現性
これらが有意に向上する可能性を示唆した。
言い換えれば――
いわゆる「スピリチュアル現象」と呼ばれるものは、
因果律の逸脱ではない。
因果演算条件が変化した結果として、
再定義可能な現象である。
⸻
……と、
ここまで書くと小難しく聞こえるが、
要するに俺は、
楢崎流風水を用いて、
スピリチュアルを
超常現象ではなく、人間の生理反応として俯瞰する
――そんな研究を、この場に持ち込んだ。
高校生の科学コンテストとしては、
あまりにも踏み込みすぎている。
⸻
それでも俺がここに立っている理由は、単純だった。
このフェアの年齢制限は18歳まで。
そして俺は、高専生という曖昧な立場と、
4月1日生まれというギリギリの条件によって、
奇跡的にその枠に収まっていた。
ルールは守っている。
だが――
内容まで高校生らしくする義務はない。
そう思っていた。
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発表が終わった瞬間、
会場は拍手ではなく、沈黙に包まれた。
それは失敗したときの沈黙ではない。
理解が追いつかないときの沈黙だった。
最前列に座る審査員たちは、
誰もが資料に目を落としたまま、
次の質問を探している。
――まずいな。
俺は内心でそう思った。
このタイプの沈黙は、
「面白いが、評価の仕方が分からない」
という合図でもある。
やがて、一人の審査員が口を開いた。
「君の研究は……
これは“環境工学”なのか?
それとも“認知科学”か?」
俺は少しだけ考えてから答えた。
「どちらでもありません。
条件設定の研究です」
「条件?」
「はい。
人間が“正しい判断を下せる状態”に入るための、
環境条件です」
会場が、わずかにざわついた。
別の審査員が、
やや警戒した口調で続ける。
「君は、いわゆる超常現象を
科学的に証明したいのか?」
俺は首を振った。
「いいえ。
否定したいわけでも、肯定したいわけでもない」
スライドを一枚、切り替える。
「ただ、
それらは“起きている”のではなく、
“起こせる条件が揃っている”だけだと
考えています」
因果律は破れていない。
演算条件が変わっているだけだ。
フォーカスが安定すれば、
判断のブレは減り、
結果の再現性は上がる。
「例えるなら、花には蝶
ゴミにはゴキブリ
利権には政治家
環境が違えば、集まるものも違う。」
それだけの話だ。
⸻
しばらくの沈黙のあと、
年配の審査員が低く唸った。
「……君は、
科学と宗教の境界を、
こちら側から壊しに来たんだな」
「はい。
壊すというより、
整理しに来ました」
その言葉で、
会場の空気が変わった。
評価できるかどうかは分からない。
だが――
無視できない研究である。
その認識だけは、
確実に共有された。




