3話 アナザーストーリー 佐反兄弟
三日後、兄はシルバーの**BMW 320is**に乗り、
宝石のようなエグゾーストを響かせながら、広島へ帰っていった。
二十年以上前のこのBMWは、
現代の電子制御に守られたイージーなクルマとは、まるで別物だ。
アクセルに「応じる」のではなく、
機械そのものが叫ぶ――そんな表現が、妙にしっくりくる。
そして俺の元には、
レトロな**BMW R26のサイドカー**がやって来た。
排気量は250cc。
単気筒という、いまではほとんど見かけなくなった構成。
サイドカーも、ボルトジョイントによる脱着式という、
実に割り切ったシロモノだった。
サイドカーという乗り物は、
この「舟」があるかないかで、操縦性がまるで別物になる。
だが、この個体はチューニングが驚くほど絶妙で、
俺はほどなく、自分の身体の延長のように扱えるようになった。
(以前の不器用な俺なら、
それでも随分と時間を要しただろう。
だが、中国・武漢市でのゲーム大会以降、
俺たちはまるで換骨奪胎したかのように、
身体操作が驚くほどスムーズになっていた。)
それからというもの、
真里谷老人――失礼、“先生”のもとへ、
猫のエンゾとともに、ほぼ毎日のように通うようになった。
離れの日本家屋は、実は板張りの武道場だった。
そこで俺たちは、剣術を学び始める。
不思議なことに、
初めて見る先生の動きや呼吸が、手に取るようにわかる。
それは兄も同じらしい。
(四歳の頃から、父に家伝のコサック古武術を叩き込まれてきた俺たちは、
基本的に学校スポーツには何の興味もなかった。
これまでの習い事も、段位や免状とは無縁のキックボクシング。
子供らしからぬ、極端に偏った内容だ。
要するに、我が家の教育方針は――サバイバルだった。)
そうして、ゴールデンウィークも終わりに近づいた頃。
兄が暇を告げると、
「新しいクルマを買ったから」と言って、
よく整備された古いBMWを見せてきた。
海保大では、三年生以上になると
クルマの持ち込みが許されるらしい。
兄は迷うことなく、そのBMWを受け取った。
(これなら、乗って帰っても
実家にあった古い車を持ってきたと思われるだろう。)
そして俺には、R26のサイドカーを外してくれた。
二台とも、
スペックでも、年式でもない。
**どうしても代えのきかない“オーラ”**を放っていた。
――それが、なぜなのか。
その時の俺には、まだ言葉にできなかった。




