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1話 アナザーストーリー 佐反兄弟 


GW、帰省していた兄とは、久しぶりに長い時間話をした。

こんなふうに兄弟で腰を落ち着けて話したのは、

二〇一〇年の冬、あの武漢でのゲーム大会以来かもしれない。


打ち上げで入った地元の薬膳料理店は、正直ヤバかった。

あの時は、高専の一つ上の先輩も一緒だったが、

彼は震災の影響を受けていないだろうか。


兄は、

「俺たち同様、覚醒してるかもしれん」

と笑っていた。


確かに、あれ以来、

俺自身にも“変化”みたいなものは起きていた。


俺は兄と違って、もともと運動神経がいいわけじゃない。

運動会の徒競走も、マラソン大会も、

自己ベストは二位止まりだ。


福島に越してから通い始めたキックボクシングのジムでも、

兄とは違い、三年通ってようやく試合に出られるレベルだった。


ちなみに先生は元日本一位らしい。

ただ、過去については、あまり語りたがらない人だった。


兄は、

「人には言いたくない過去があったりするもんだ」

と、妙に大人びたことを言っていた。


笑ってしまった。


四つ上の兄は、昔から年齢以上に落ち着いていた。


帰国子女で内申点がなく、

指定校推薦も使えない。

旧帝大を狙うには準備も足りなかった。


早慶のAOなら可能だったかもしれないが、

兄は海保大を選んだ。


防衛大に行かなかったのは、

夢のカルフォルニアで自由なハイスクール生活を経験したこともあるし、

軍事には関心があっても、日本の軍隊そのものを嫌っていたからだ。


俺たちの曾祖父は、満州に亡命していたウクライナ・コサックだった。


ある日、曾祖父が用事で外出している間に、

関東軍が集落を急襲し、村は壊滅した。


奇跡的に生き残った曾祖父は赤十字に保護され、

戦後、日本へ渡った。

そして赤十字の従軍看護婦だった曽祖母と結婚した。


それが、我が佐反家のファミリーストーリーだ。


同時に、

コサックに伝わるシステマに酷似した古武術を、

この家は細々と伝えている。


もっとも、前にも言ったように、

俺は兄ほどの才能があるわけじゃない。

(まったくどの口が言うんだか、兄に言わせると、俺は外見だけは超一流らしいが。

だが、男は顔じゃないというのが俺のこだわりだ。)


……まあ、

その兄の素行のせいで、これまで町で絡まれる事も一度や二度では無かったが

そこらの不良やチンピラが一人二人相手なら、

瞬殺できる程度ではある。




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