番外編 ハゲ山の一夜 (後編)
第三幕
何も言っていない電話
講義が終わってから、三時間後。
大学本部棟の一室で、
電話が一本、静かに鳴った。
受話器を取ったのは、
理事会事務局の男だった。
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「はい。
お世話になっております」
相手は名乗らない。
名乗る必要がなかった。
声は落ち着いていて、
終始、丁寧だった。
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「本日の件ですが」
「当社として、
何か申し上げる立場ではありません」
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男は、ペンを置いた。
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「大学の自由な研究活動は、
尊重しております」
「ただ――」
一拍。
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「誤解が生じない形での
ご判断をいただけると、
大変ありがたい」
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それだけだった。
止めろとも、
訂正しろとも、
抗議するとも言わない。
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「なお、
来年度の共同研究費につきましては、
予定通り進めております」
「実証設備、
フィールド整備、
学生受け入れ枠も含めてです」
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「ありがとうございます」
事務局の男は、
それだけ答えて電話を切った。
通話時間は、
二分にも満たなかった。
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だがその瞬間、
この夜の結論は、
すでに出ていた。
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第三幕・続
学内判断という名の合理性
学部長室。
そこには、
怒りも、正義感もなかった。
あるのは、
処理すべき案件だけだった。
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「問題は思想ではありません」
学部長が、淡々と言う。
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「反対意見なら、
学内で議論できます」
「ですが今回は――」
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電気工学科教授・佐伯が、
言葉を継いだ。
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「具体的すぎた」
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誰も否定しない。
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「電位論や風水的表現なら、
“解釈の違い”で済ませられた」
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「しかし彼は、
パワーコンディショナの配置、
造成方法、
コスト構造にまで踏み込んだ」
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佐伯は、
眼鏡を外して続ける。
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「それは、
学問的主張ではなく」
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「設計思想の話だ」
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理事会事務局の男が、
一枚の資料を机に置く。
企業名は伏せられている。
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「スポンサーは、
議論そのものを恐れてはいません」
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「ただし――」
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「前提を疑われることには、
耐えられない」
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学部長は、
小さく頷いた。
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「彼は、
反対運動を煽ったわけではない」
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「むしろ、
冷静すぎた」
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「だから困る」
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誰かが、
そう言った。
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誰も、
否定しなかった。
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結論は、短かった。
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・客演講義は、なかったことにする
・録画データは非公開
・外部講師の再登壇は禁止
・学生への説明は不要
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理由は、
「学内規定に基づく判断」。
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誰一人、
「内容が正しいかどうか」を
口にしなかった。
それはもう、
議題ではなかった。
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第四幕
観察者の席へ
(BGM:ムゾルグスキー
低音は、さらに深く沈んでいく)
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夜のキャンパス。
街灯の切れ目で、
アギトとパイカルは並んで立っていた。
しばらく、
どちらも口を開かない。
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「協同組合ってさ」
先に言ったのは、
パイカルだった。
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「個別の利益を
最大化するための仕組みじゃない」
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「構成員全体の未来まで含めて、
壊れないように設計する」
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アギトは、
黙って聞いている。
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「欧米以外で、
あれが本当に根付いたのは
日本だけだ」
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「土地と人と時間を、
まとめて引き受ける発想だった」
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少し間を置いて、
パイカルは続けた。
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「でもな」
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「日本の協同組合は、
必要以上に成功した」
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「郵便局然り、
農協然り」
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「金が集まりすぎた」
「信用が積み上がりすぎた」
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「そうなると、
必ず狙われる」
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「バカな政治家か」
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「あるいは、
ハゲ鷹外資だ」
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アギトが、
静かに言った。
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「今だけ、金だけ、自分だけな連中にとって、
協同組合は理解できない」
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「短期で切り売りできない」
「数字だけで解体できない」
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「だから壊す」
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「“改革”とか
“効率化”って名前でな」
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二人の間に、
短い沈黙が落ちた。
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「メガソーラーも、
同じ構図だ」
パイカルが言う。
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「全体を守る仕組みじゃない」
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「切り取って、
換金して、
去る」
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アギトは、
足元の土に視線を落とす。
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「思想じゃない」
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「善悪でもない」
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「設計だ」
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「全体の未来を
最初から含まない設計は、
必ずどこかを切り捨てる」
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「土地か」
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「生き物か」
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「時間か」
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「協同組合は、
それを切らなかった」
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「だから、
面倒で、
遅くて、
儲からなかった」
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パイカルが、
小さく笑った。
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「今の時代じゃ、
一番嫌われるやつだな」
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アギトは、
否定もしなかった。
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「だから俺たちは、
もう席を移る」
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「どこへ?」
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「観察者の席だ」
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アギトは、
最後に地面へ視線を落とす。
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「土地は、
必ず反応する」
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「人が何を決めようと、
それとは別に」
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二人は、
それ以上話さなかった。
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拍手も、
宣言も、
結論もない。
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ただ静かに、
その場を離れる。
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残されたのは、
何も起きなかったかのような夜と、
ハゲ山の一夜という、
誰にも記録されない出来事だけだった。
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そして二人は、
当事者ではなく、
観察者として
席を立った。
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― 後編・了 ―




