番外編 ハゲ山の一夜 ー地底から来た講師ー (前編)
――アギト、電位について語る
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プロローグ
ハゲ山は、静かに増えていく
その山は、かつて里山だった。
表土があり、
草が生え、
虫が鳴き、
小動物が通り道に使っていた。
だが、ある日を境に様子が変わる。
木が伐られ、
土が剥がされ、
防草シートが敷かれ、
金属の架台が規則正しく並ぶ。
――メガソーラー。
再生可能エネルギー。
環境に優しい発電。
そう説明される施設の下で、
・昆虫が減り
・小動物が姿を消し
・山が、不自然に静かになる
そんな場所が、全国に増えていた。
その違和感を、
「思想」ではなく
**「構造」**として語ろうとした男がいる。
地底から帰ってきた男――
アギトだった。
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第一幕
地底から来た講師
(BGM:ムゾルグスキー
低音が、地表の下からゆっくりと這い上がる)
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国立大学・理工学部。
大講義室。
壇上に立つ男は、
教授でも研究者でもない。
――アギト。
スーツでも白衣でもないその姿は、
どこか、
造成された山の下から
直接出てきたような気配をまとっていた。
最前列には、
この講義を客演として設定したパイカルがいる。
彼は、この話が
学内で歓迎されないことを
承知の上で、
この場を用意していた。
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「まず、ひとつ確認しておきたい」
アギトは、マイクに触れずに言った。
「君たちは、
電気は“装置の中”だけを
流れていると思っていないか?」
誰も答えない。
「違う」
即答だった。
「電気は、
土地と空気の間に
常に存在している」
足元を指す。
「地面は基準だ。
空へ行くほど電位は高くなる。
これは、
自然界にもともとある電場だ」
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「そしてな」
一歩、前に出る。
「人が立つだけで、
この流れは変わる」
ざわり、と空気が揺れた。
「人の体は導体だ。
地面に立てば、
地球と電気的につながる」
「すると、
周囲の電位は、
人の体を避けるように歪む」
黒板に何も書いていないのに、
学生たちの頭の中に、
等電位線が曲がるイメージが浮かぶ。
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「つまり」
アギトは静かに言う。
「人は、
環境の影響を受ける存在であると同時に、
環境そのものだ」
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「これは、
楢崎流風水の話でもある」
床に置かれた水筒を、
つま先で少し動かす。
「気を変えるために、
モノを置く」
「石、炭、配置。
全部、同じ理屈だ」
「存在するだけで、
空間の流れは変わる」
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「この理屈は、
メガソーラー造成地でも同じだ」
アギトの声が、わずかに低くなる。
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「表土を剥ぎ、
防草シートで覆い、
金属架台を並べ、
地面に接地棒を何本も打つ」
「それだけでも、
土地の電位、そして磁場構造は
大きく変わる」
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「さらに――」
一拍。
「パネルの近くで、
パワーコンディショナが
常時稼働する」
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「直流電流を交流電流に変換する装置だ。
送電には、必要な工程でもある」
学生たちを見渡す。
「設計上、
パネルの近くに置いた方が、
費用は安くて済む」
「直流配線は短くなる。
設備も簡素で済む。
効率だけを見れば、合理的だ」
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「だが――」
声が、わずかに沈む。
「その合理性は、
別の影響を考慮していない」
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「パワーコンディショナは、
ただの変換器じゃない」
「内部では、
高周波で電流を
切り替え続けている」
「つまり、
土地の上で、
電気を常に揺らし続ける装置だ」
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「それを、
表土を失い、
金属だらけになった地表に置く」
「何が起きる?」
誰も答えない。
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「上下に流れていた電位は、
横に逃げる」
「行き場を失った電気が、
地表でぶつかり続ける」
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「楢崎流風水で言えば――」
一呼吸。
「土地に損傷電位を作る配置だ」
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「これは比喩じゃない」
「生体で言えば、
治らない傷だ」
「昆虫が減り、
小動物が去り、
最後に、
大型動物が行動を変える」
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「熊が町に出るのは、
異常じゃない」
低く、断言する。
「結果だ」
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第二幕
権威は噛みつき、闇は照らされる
沈黙を破ったのは、
最前列の男だった。
電気工学科教授・佐伯。
再生可能エネルギー研究の第一人者。
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「……刺激的なお話です」
穏やかな声。
「ただし」
一拍。
「学術的根拠が、
提示されていない」
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「電位が歪む?
損傷電位?
それが生態系に影響する?」
「それは――」
はっきり言う。
「疑似科学です」
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だが、アギトは動じない。
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「教授」
「地表と大気の間に、
電位差が存在することは事実か?」
「事実です」
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「人の体が、
導体に近いことは?」
「事実です」
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「人が地面に立つと、
電場分布が変わることは?」
一瞬の沈黙。
「……起こり得ます」
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アギトは頷いた。
「俺は、
新しい現象を持ち出していない」
「既に知られている事実を、
つなげているだけだ」
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「因果関係が証明されていない!」
佐伯が声を強める。
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「未検証と、
存在しないは違う」
「生態系は、
論文を読まない」
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学生たちは、
答えではなく、
問いを抱えて
講義室を出ていく。
それが、
この夜の最大の問題だった。
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― 前編・了 ―




