(改)後日譚 あれから ーその名は吊るされた男ー
ハードボイルド志願の男
──10-4(テンフォー)、了解。
米大統領就任祝賀会から半年。
吉岡蓮は横浜へ移っていた。
横浜といっても観光地ではない。
金沢区と横須賀市の境界線──平潟湾。
水面に張りつくように置かれた、古いエアストリームのトレーラー。
かつてアギトが密かに使っていた“忘れられたアジト”。
吉岡はそこを、静かに自分仕様へと改装し直した。
新宿御苑のマンションは賃貸へ。
車はボルボV50から、ガンメタの BMW MINIクラブマンS(2013) へ。
5ナンバーの小兵ながら、エンジンフィールが吉岡の波長に合った。
エンジンをかけると
**ヒロスケ「/あれから」**──あの必殺仕置人エンディング曲が流れる。
「……少しずつ、月日は流れか。
やっぱ“マイト”が好きなんだよ、俺は。」
スマホは捨てた。
吉岡はガラケーと無線通信に戻っていた。
便利だが、スマホは結局“監視装置”だという結論だった。
床のカーペットをめくると、リフォームした螺旋階段。
アギトが構築した“電波を吸い込む地下室”へ続いている。
音が死んだように途絶える、異様な静寂。
その最下層──
何も触れていないPCが、突然勝手に起動した。
画面に、文字。
──新しい相棒が来る。迎えろ。
10-4 テンテン
ア・バ・ヨ
差出人:赤井 彗。
「あいつ……完全に“緊急指令10-4・10-10”の黒沢年男のつもりらしい。」
吉岡は鼻で笑った。
⸻
地下モニターのニュースに目を細めながら、吉岡は低く語る。
「中国軍の兵器なんざ張りぼてのパクリ。
まともに飛ぶミサイルの方が珍しいってのが常識だ。」
しかし──と続ける。
「世界を振り回してるのは鉄の塊じゃない。
“人間を使った内部破壊”だ。」
吉岡はタバコを吸わない。
だが、声はタバコより渋く乾いていた。
「ハニートラップ、マスコミ操作、帰化工作員、背乗り。
司法への浸透。
自衛官を狙った中国人妻。
そして──日本にはスパイ防止法が無い。」
モニターには裁判所の廊下。
日本名の名札を付けた“書記官”が、中国語で筆記している。
「見た目も名前も日本人。
だが実態は、別の国の兵隊だ。」
さらに映像は切り替わる。
中国では外貨持ち出しは年5万ドルまでのはずなのに、
日本の不動産は中国人が買い占めている。
「半分は国家。
半分は成金。
だが成金の海外資産なんざ、そのうち没収される。
外貨をかき集めるためだ。」
吉岡は画面を見たまま、静かに言う。
「──中国は、自分の崩壊に周辺国を巻き込むつもりらしい。」
沈みゆく船が、他の船を道連れにするように。
⸻
ふと、脳裏に浮かぶ男の顔。
「光一……」
国籍がどうであれ、
あいつの一族は北朝鮮に縛られ続けていた。
「……日本に住んでも、名前を変えても、
“向こうの呪縛”は消えねぇんだ。」
そして吐き捨てる。
「だがよ。
全体主義に尻尾振る政治家やマスコミは、そろそろ退場してもらおうや。」
吉岡の声は、地下室の冷気より冷たかった。
⸻
PCの画面に最後の一文。
──相棒:七瀬瑠衣
迎えに行け
松田瑠衣の腹違いの妹。
パイカルに引き取られ、雨宮から空手を叩き込まれた“戦闘特化の女”。
コードネームは WORLD(世界)=切り札。
吉岡はスウィングトップの前を握り、ふっと笑った。
「切り札を俺に回すか……悪くねぇ。」
壁にはタロット12番──吊るされた男(HANGED MAN)。
「外部者。逆さの視点。犠牲。
世界の裏側を見る者……か。」
そして、吉岡は静かに結論づける。
「陰謀論てのは、あらかた真実だ。
──まあ、ハードボイルド志願の俺には、これくらいがちょうどいい。」
⸻
平潟湾の冷たい夜風。
MINIクラブマンに乗り込む。
エンジンをかけると、
ラジオから再び「ヒロスケ/あれから」。
「……カラオケのレパートリーに加えるか。」
吉岡は静かに宣言する。
「勝利に栄光あれ。
……プロハンター、始動だ。」
その声は誰にも届かない。
だが確かに、どこかへ伝わった。
「光一……
お前の残した“波長”への返事、返しに行くぜ。」
ガンメタのMINIは、横浜の闇へ滑り出した。
吉岡蓮。
コードネーム──
吊るされた男。
──END─




