表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/125

3話 瑠衣再び

— 目覚める獣 —**


9月。


七瀬瑠衣は、芸術の森キャンパス近くのスーパーマーケット駐車場に

ランドクルーザー70を静かに停めた。


同級生から羨望の的となる復刻ランクル。

芸術学部の視点から見ても、その“時代に左右されない彫刻のような造形”は魅力的だった。


今日は──パイカルが札幌に来る。


彼は、

リオ五輪フェンシング金メダリスト。


毅然とした佇まい、無駄のない所作、そしてトレードマークになりつつある

あの2本指敬礼。


存在そのものが、ひとつのアートだった。


そんな彼に手料理を振る舞える──

瑠衣は胸を弾ませながら買い物袋を手に、車を降りた。


その瞬間。


隣のスペースに、同じランクル70が滑り込むように停まった。


降りてきたのは、

白髪に近い坊主頭、190センチ近い巨躯の男。


白いTシャツから伸びた腕には、火傷、裂傷、古い打撲痕が幾重にも刻まれている。


ただの傷ではない。

**“生き残ってきた者の刻印”**──そんな迫力があった。


男は瑠衣に気づくと、

獣が獲物を観察するときのような目で、ニィッと笑んだ。


だが、不思議と怖くなかった。

むしろ、どこか懐かしい空気を纏っていた。


「どこかで会ったか?」


古いナンパのような台詞。


瑠衣は思わず吹き出した。


「古い手ですよ、それ」


男は肩をすくめた。


「五年間、冬眠でもしてたんでね」


意味はわからない。

だが、悪意はまったくなかった。


軽く会釈を交わし、二人は別れた。


──この男が数時間後、瑠衣の運命を揺るがすとは知らずに。



買い物を終え、瑠衣は大学近くのオートキャンプ場へ向かった。


瑠衣の暮らす女子寮は、共有アトリエのある芸術の森らしい名物寮だが、

男子立入禁止という厳しいルールがある。


金メダリストのパイカルが訪れれば、寮は確実に大騒ぎになるだろう。

美貌、品格、そしてあの 2本指敬礼──

彼は立っているだけで絵になる人だ。


(みんな絶対喜ぶけど……

 ルールはルール、だよね)


だから今日は、パイカルと静かに食事を楽しむために

トレーラーハウスを一棟借りておいた。


柔らかな灯りに照らされたトレーラーを見上げる。

胸の奥がじんわり温まる。


(パイカル、喜んでくれるかな……)


そう思いながら、鍵を開け、ドアを押し開けた──。


次の瞬間、空気がねじれた。


薄暗い室内に、小柄な男が潜んでいた。


病的に痩せた頬、濁った目、蛇のような動き。

彼は東京で起きた殺人事件の主犯格であり、

“特殊詐欺グループのリーダー”として指名手配されていた男。


警察も行方を掴めず、最近まで

東南アジアに潜伏している と噂されていた。


もちろん瑠衣はそんなこと知らない。


ただ──

圧倒的な “悪意” だけが、肌に突き刺さった。


男がゆっくりと近づく。


「──っ!」


瑠衣は悲鳴を上げ、外へ転がるように飛び出した。


小柄な男も飛び降りる。


「な、何なの……!」


その時、背後に影が立った。


昼間の──白髪の長身の男。


彼は瑠衣をそっと押しやり、前へ出る。

その目は完全に“狩人”の瞳へ変貌していた。



小柄な男がナイフを抜いた瞬間。


長身の男の蹴りが、

手首を正確に跳ね上げた。


鈍い音。

右手首が、不自然な角度に折れる。


続けて、腹へ膝が突き刺さる。


衝撃は背骨を抜け、

小柄な男はトレーラーの壁へ吹き飛んだ。


倒れた男に近づくと、

長身の男は左腕を取り、ためらいなく折った。


完全制圧。


ポケットから携帯を取り出し、

息一つ乱さず110番通報する。


まもなくパトカーが到着。


状況説明の途中、

彼はちらりと瑠衣を見て、獣のようにニィッと笑った。


その笑みにあったのは──

暴力の余韻と

久しく忘れていた“生の実感”。


パトカーに乗り込む直前、男は倒れた犯人を見下ろし、淡々とつぶやく。


「そういや……こいつ、懸賞金ついてたな。

600万──だったか」


瑠衣は息を呑んだ。


──彼はいったい何者なのか。


男の名は 金本 光一。


五年の眠りから覚醒した獣だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ