第十話 アギト再来
週末の朝。
流しっぱなしのニュースで、俺は手を止めた。
——不知重人、死亡。
一瞬、意味が入ってこない。
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画面は淡々としている。
弁護士。不知重人。自殺。
ライフル銃を口に含んでの発砲——
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「……は?」
声が漏れた。
あり得ない。
昨日、射撃場で見たばかりだ。
あの手付き、あの精度。
——自分を撃つ人間の動きじゃない。
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タイミングが良すぎる。
鼻の奥に、嫌な匂いが残る。
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——事件だ。
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壁に掛けてあったオレンジサテンの上着を掴み、家を出る。
向かう先は一つ。
夢の島——蜜先生の事務所。
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エアストリームのドアを開けた瞬間、空気が違った。
蜜先生。
そして——見知らぬ男が一人。
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ノータイのグレーのスーツ。
男がゆっくりとこちらを見る。
若い顔だ。
だが、時間の積み方が違う。
蜜先生と同年代。
もしくは、それ以上。
彫刻のような顔立ち。
どこか飄々としている。
軽さと凄みが、同時にある。
——不知と同系統だが、明らかに上だ。
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「いいところに来たわね」
蜜先生がカップを置く。
「紹介するわ」
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男が、猫のように静かに立ち上がる。
座っていると分からなかったが、かなりの長身だ。
骨格が違う。
無駄がない。
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——こういう男は、放っておかれない。
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女も、組織も。
そしてトラブルもだ。
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これでは、モテてモテて、どうしようもないだろう。
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だが——
それを、まるで使っていない。
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「佐反です」
短い名乗り。
名刺が差し出される。
「貰っておきなさい」
蜜先生が顎で示す。
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「……初めまして」
「アクラベアメルです」
軽く頭を下げる。
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蜜先生が、わずかに笑う。
「——アギト」
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男は否定しない。
「呼び方は、お任せします」
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——佐反。
さそり、か。
妙な名前だと思ったが、口には出さない。
……読みは、一つじゃなさそうだ。
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名刺を見ていると、
「“サタン”のアギト、なんて言われたこともあります」
佐反が、軽く笑う。
「子供の頃の話ですが」
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冗談めかしているが、
目は笑っていない。
俺は、どうやらこの男が、不知の自殺に深く関わっていると直感的に悟った。
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「どうぞ、座って」
蜜先生が言う。
向かいに座る。
視線は外さない。
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「……先ほどのニュースは、ご覧になりましたか」
丁寧に切り出す。
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「ええ。見ました」
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「不知さんの件ですが」
一拍。
「……自殺、ということになっているようですね」
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「そういう整理になっています」
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否定しない。
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「ですが」
「昨日、射撃場で拝見した限りでは——」
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「あの方が、ああいう形で死を選ぶとは思えません」
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「ほう」
佐反の目が、わずかに細くなる。
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「では、どうお考えで?」
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「……差し出がましいですが」
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「回収、されたのではないかと」
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空気が止まる。
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佐反は数秒、何も言わない。
やがて、ゆっくりとカップを置く。
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「言い方が、少し違いますね」
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静かに言う。
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「——戻したんです」
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空気が変わる。
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「あるべき場所に」
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そう言って、指でピストルの形を作る。
軽く引き金を引く。
「……バン」
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その仕草に違和感はない。
むしろ——自然すぎた。
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「死は、終わりではない」
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一拍。
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「……状態が変わるだけです」
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「彼は——戻っただけだ」
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まるで、見てきたかのような口ぶりだった。
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……いや。
たぶん、本当に見ている。
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俺は、何も言わなかった。
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しばらくして——
勾留中だった呉が、服毒自殺したとニュースで流れた。
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——ゲームオーバーか。




